「電気味覚」と、心の明度

読書

朝からずっと、空は低い雲に覆われていた。
結局、今日一日は一度も青空を拝むことはなかった。

どんよりとした空気感に引っ張られないよう、どうにか気持ちを切り替えたいと思って部屋の照明を調節してみた。
けれど、期待したほど心まで明るくなった気はしない。
視界の明度を物理的に上げたところで、内側の曇り空までは拭い去れないということなのだろう。

手持ち無沙汰な落ち着かなさを解消するために、ついでに部屋の掃除をすることにした。
窓を丁寧に拭き、毎日履いている靴を洗う。
無心で手を動かしている間だけは、思考のノイズが静まるような気がする。

玄関に並んだ、あの人と一緒に選んだ仕事用の靴が目に入った。
それは今日ではなく、明日洗うことにしよう。
大切な記憶が宿るものは、もっと心のコンディションが良い時に、ゆっくりと向き合いたいと思ったからだ。

昼過ぎ、お米が切れていることに気づいてスーパーへ向かった。
今日、外に出たのはそれだけだった。

帰り道、薄暗い公園のベンチに腰を下ろして、しばらく空を眺めていた。
雲がゆっくりと流れているのか、それともそこに留まっているのかさえ判別しづらい、曖昧な空模様。
僕の今の立ち位置も、この空によく似ているのかもしれない。

家に戻り、静寂を埋めるように本を開いた。
寂しさを紛らわすために手に取ったのは『世界を変える100の技術』という一冊。
そこで紹介されていた「電気味覚」という技術が、今の僕の心に小さな灯をともしてくれた。

電気味覚とは、舌にある味蕾という器官に微弱な電流を流し、味を錯覚させる現象を指す。
電流の力で口内のナトリウムイオンを効率よく舌に引き寄せ、味細胞を直接刺激する。
これによって、塩分を控えた食事でも塩味を約1.5倍に強く感じることができるのだという。

今、僕は胃を悪くしている。だからこそ、この研究には単なる科学の進歩以上の優しさを感じた。
物質そのものを増やすのではなく、僕たちの感じ方をテクノロジーで補い、美味しさを諦めなくて済むようにする。
人の体の弱さにどこまでも寄り添おうとするその姿勢に、僕は今の自分を重ね、救われるような心地がした。

夕方、大切な大切なあの人と言葉を交わすことができた。
楽しいという感情を共有するための入り口に、立てた気がする。
僕にとって、これ以上に嬉しいことはない。

不思議なもので、さっきまであんなに沈んでいた世界が、一気に鮮やかさを取り戻していく。

塩分の本を読んだせいか、急激に喉の渇きを覚えた。
何か飲もうと冷蔵庫を開けると、庫内の照明がいつもよりずっと明るく、眩しく見えた。
あの人と言葉を交わせたことが、とても嬉しいからだろう。

心の奥に力が宿ると、体も自然と動きたくなる。
夜の筋トレは、いつもよりずっと力が入った。
スクワットはより深く、プランクはより長く。

一日の始まりは灰色だったけれど、終わりには確かな熱量が残っている。

明日は、今日洗えなかったあの靴を磨こう。
この前向きな気持ちを、そのまま足元に込めるために。

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