あの人と溜める走り

仕事

長い週末、不思議と今は辛くない。 大切なあの人のことを思うと、 年末年始の空気が胸の中に広がる。

湯気の立つ年越しそばを前に、
ふっと肩の力を抜いて箸を持つ、その何気ない仕草さえ、
部屋の温度をやわらかくしてしまう。

初詣は着物を着たのだろうか。
どんな服装でも、あの人の周りにはあの人だけの空気が生まれ、
その場の景色までも静かに変えてしまうのだと思う。

そして参道では、冷たい空気に頬を赤くしながら手を合わせている横顔が、
冬の朝の光と混ざり合って、
まるでその場所全体があの人の色に染まっていくように見える。

おせちの重箱を開けた瞬間、
子どものように目を輝かせるその表情は、
ただの食卓を、
新しい一年の始まりを祝う特別な景色へと変えてしまう。

見たわけじゃないのに、 その光景が自然に浮かんで、心を静かに温めていく。

あの人は猫舌だったから、 きっと年越しそばも、ふうふうと冷ましながら食べていたんだろう。 そんな姿を想像すると、なんだか少しだけ優しい気持ちになる。 僕も胃のために、 これからはゆっくり冷まして食べるくらいがちょうどいいのかもしれない。

年末年始の食事も、特に決まった形があるわけじゃない。 身体のことを考えて、 年末は年越し豆腐、年始は白味噌を溶いた豆腐を食べた。 素朴で、あたたかくて、無理のない味。 今の自分には、そのくらいがちょうどよかった。


話してくれた内容は、今思えば本当に曖昧で、
ただ「いつか馬に乗ってみたい」と笑っていたことだけが、
やわらかい光みたいに残っている。

声の高さも、表情の細部も、もう確かじゃないのに、
その瞬間だけは、不思議と手触りのある記憶として浮かんでくる。

広い馬場の風の匂い。
馬の背に揺られる感覚。
手綱を握る指先の緊張と、少しずつほどけていく呼吸。
そんな情景が、話を聞いただけのはずなのに、静かに広がっていく。

あの人は、どんな景色を思い描いていたんだろう。
どんな風を感じたいと思っていたんだろう。
2人で馬に乗る未来を、そっと思い描きながら、その続きを、いつかまた、さりげなく聞けたらいいなと思う。


やりたいことが多すぎて、時間が足りないと感じている。 去年の無気力だった期間を取り戻したいという思いが、 胸の奥で静かに疼いているのかもしれない。

昨日、あの人から受け取った言葉と、
瞬き続ける小さな光の星々が、まだ身体の内側であたたかく灯っている。

その光が、伊勢神宮で見た初日の出のまぶしさと重なり合って、
まるで背中を押されるように、
走り出したくなるほどの強い活力が湧いてくる。

でも、ここであえて平常心を思い出す。

馬だってレースでは“溜める走り”をする。 競馬の経験はないけれど、SBR(今年アニメ化、楽しみだ)で読んだあの描写が、 今の自分の気持ちに妙に重なる。 走ろうと思えば走れる。 でも、あえて脚をためて、呼吸を整えて、 未来のどこかで必要になる瞬間のために力を残しておく。 その静けさが、次の一歩を強くする。

もっと駆け抜けたい気持ちを抑えながら、 馬の背で風を感じつつ、あえて穏やかに進む姿を思い描く。 走れるけれど、今は走らない。 その静けさの中に、未来へ向かう力が育っていく。

今日は1月2日。 少しずつ平日のルーティンに戻していく。 午前中は氏神さまに挨拶へ行き、午後は工場へ。

勢いに任せて走り出すのではなく、 未来の自分のために、今日の自分のペースを整えていく。 整えた先で、ただひとつ、揺らがずに残った気持ちがある。
話したい。声が聞きたい。
その願いを、静かに未来へつないでいく。

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