今日は4月の満月、ピンクムーンだ。
そう聞くと、夜空に可愛らしい桃色の月が浮かんでいる姿を想像するかもしれない。けれど、実際には月が物理的にピンク色に染まるわけではない。北米の先住民たちが、この時期に開花するシバザクラのようなピンク色の花(フロックス)にちなんで名付けた、春の訪れを象徴する呼び名である。
本来なら、生命の息吹を感じ、新しい季節への期待に胸を膨らませる時期だ。けれど、今の僕にはその月をゆっくりと眺める心の余裕がない。もし見上げることができたなら、その優しい名を持つ月は、僕のささくれ立った心を癒してくれるのだろうか。
今の僕の頭を占めているのは、夜空の月ではなく、明日控えている役員との面談のことだ。
何を言われるのだろうか。どんな顔をして座っていればいいのだろう。
もし、退職を促されたら——。
適応障害と診断され、立ち止まってしまった今の僕。組織という歯車から外れてしまった以上、そう言われても仕方のないことなのかもしれない。けれど、もし本当にそうなってしまったら、僕には何も残らなくなってしまうのではないか。そんな恐怖が、足元から冷たく這い上がってくる。
かつては当たり前にできていたことが、今はひどく困難に感じられる。
そんな中で、今日、大切なあの人からプラスのエネルギーをもらうことができた。その温かさに背中を押されるようにして、少しだけ外へ出てみた。
春の日差しは驚くほど暖かく、世界はもう次の季節へ向かっていることを教えてくれる。けれど、不意に吹き抜ける風はまだ冷たく、今の僕の心細さを映し出しているようだった。
家に戻り、一冊の本を手に取った。タイトルは『休職サバイバル』
復職までの道筋、そしてそのために必要なもの。文字を追うごとに、今の自分がいかに「生き残る」ための戦いの最中にいるかを実感する。

僕は適応障害だけでなく、不安障害やパニック障害とも向き合っている。
ふとした瞬間に襲ってくる動悸や、出口のない不安。自分の弱さが嫌になり、情けなくて、消えてしまいたくなる夜もある。
「もっと、もっと強くなりたい」
そう願えば願うほど、現実は皮肉な出来事を運んでくる。
先ほど、知らない番号から電話がかかってきた。心臓をバクバクさせながら、恐る恐る電話に出た。
結果は、ただのセールスの電話だった。
拍子抜けすると同時に、そんな些細なことに怯え、振り回されている自分に心底嫌気がさした。「もう嫌だ」と声に出して漏らし、一気に気持ちが沈み込んでいく。
満月の日。
占星術やスピリチュアルな世界では、月が満ち、エネルギーが最大になる日だと言われている。そんなエネルギーに満ちた日に、僕は人生で一番と言えるほど落ち込んでいる。
でも、これが僕の人生なのだと、今は受け入れるしかない。
「ピンクムーン」という名前の由来となった花たちは、冷たい土の中で冬を耐え、春の訪れとともに一斉に花を咲かせる。今の僕が感じているこの冷たい風や、凍えるような不安も、いつか花を咲かせるための季節の一部なのだと信じたい。
今はどん底かもしれない。
何もない、空っぽな自分に怯えているかもしれない。
けれど、どん底であるということは、これ以上下に落ちることはないということだ。
明日の面談で何が起きようと、僕が僕であることに変わりはない。
すぐには強くなれなくても、今はただ、この「休職サバイバル」を一日一日、生き抜いていくこと。
今夜、もし雲の切れ間から月が見えたら。
たとえそれがピンク色ではなくても、今の自分を静かに照らしてくれる光として、ただ眺めてみようと思う。
僕の人生は、まだ終わったわけじゃない。
今がどん底でも、いつかこの苦しみを「あの時は大変だった」と笑って振り返ることができる日が来るまで。
僕は、僕の歩幅で進んでいく。





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