もしさっきの春のブログを読んでいる人がいたら、少しだけ待ってほしい。
あれはその時の自分にとっては確かに本当で、嘘ではない。
ただ、今はまた別の気持ちもあって、、、年の瀬で心が揺れていただけだった。
感謝を伝えたくて南東に向かっていることは変わらない。
けれど、自分にはひとつひとつを整理する時間が、もう少し必要だと感じている。
少し長くなるけれど、今年の最後に書き残しておきたい。
気づけば、今年もあと半日。
このブログを始めてよかったと思う。
始める前は気持ちの置き所がわからず、自分を責めることしかできなかった。
けれど、言葉として外に出すことで、少し離れた場所から自分を見つめられるようになった。
強くあろうとした日もあれば、弱さに沈んだ日もあった。
どちらも嘘のない自分で、どちらも確かに「今年の私」だった。
胸の奥に重さが沈んで、ふと下を向いてしまう日が続いた時期もある。
特にこの数日、長い週末は心を閉じ込める箱のように感じられた。
それでも、小さな光に救われる瞬間がいくつもあった。
その光があるだけで、顔を上げられた。
今年は、その“光”に何度も助けられた一年だった。
リアクションをひとつもらえただけで胸の奥に白い光が差し込み、
冷えていた心がゆっくりとあたたかさを取り戻していく。
強すぎず、まぶしすぎず、ただ静かに内側を照らす光。
その温度に戻れる瞬間があるから、今日も日常を積み重ねていける。
仕事にも、ようやく前を向けることができるようになった。
自営業とはいえ、まったくの未経験から飛び込んだ世界。
「経営者」という肩書きが急に背中にのしかかり、押しつぶされそうな日もあった。
責任の重さに眠れない夜もあったし、正直、逃げ出したいと思った瞬間もある。
そんな日々の中で、ふと心に浮かぶ人がいた。
思い出すだけで胸の奥の温度が少しだけ上がる。
弱さを責めず、強さを求めすぎず、ただ“今の自分”をそのまま見つめ直せるような、
そんな静かな灯りをくれる存在だった。
任された仕事はどれも簡単じゃなかった。
経験不足を痛感する場面ばかりで、何度も壁にぶつかった。
それでも、協力してくれる人たちがいて、支えてくれる手があって、
そして、胸を張れる自分でいたいという気持ちが、
ひとつひとつを乗り越える力になった。
気づけば、この“星をつなぐ仕事”が、自分の誇りになっていた。
誰かの願いや想いを未来へ渡すような、そんな仕事をしているのだと思えた瞬間、
胸の奥で小さく燃えていた火が、確かな光になった。
弱さを隠さずに言葉にできるようになったのも、今年の変化だった。
初めて胸の奥にしまっていたプーの話を打ち明けた。
小さかった頃、部屋には自分より大きなプーのぬいぐるみがいて、
傷ついた日も黙ってそばにいてくれた。
あれは弱かった自分そのものだった。
親にすら話したことがないことを、匿名とはいえ書けたのは、
弱さを否定しなくていいと気づけたからだ。
そして今年——私はガンになった。
辛い出来事が続いていた中で、泣き面に隕石が降ってきたようだった。
入院してからも、命を掴まれ続けるような感覚があった。
手術前の恐怖は、言葉にできないほど大きかった。
怖くてずっと手に汗がにじんでいた。
「もし明日が来なかったら」と思う夜が何度もあった。
それでも、ふとした瞬間に思い出す人がいて、
その存在が心を静かに整えてくれた。
病室のカーテンの隙間からふたご座流星群を探した夜がある。
結局見ることはできなかったけれど、
岐阜の夜空で見た青い流れ星の記憶が、胸の奥でそっと光ってくれた。
あの一瞬の青い軌跡が、「まだ生きたい」と思わせてくれた。
その光は、今も心の中にある。
術後の生活も、決して簡単ではない。
それでも、あの人の言葉や所作を思い出すことで、前を向ける瞬間がある。
支えられていると感じられたからこそ、希望を選ぶことができている。
気づけば、心の中心にはいつもあの人の存在がある。
弱さを受け入れられたのも、過去の痛みと向き合えたのも、
そして“生きたい”と思えたのも、その存在があったからだ。
大切な人に、自分の歩いてきた道を知ってもらいたい。
それは重さではなく、今の自分にできる精一杯の誠実さだと思っている。
完璧じゃなくていい。
迷いがあっても、揺れていても、
強さも弱さも、痛みも希望も、全部抱えたまま未来へ進んでいく。
今日の痛みも、今日の弱さも、今日の小さな希望も抱えたまま、
今年という一日をそっと閉じる。
それでも、明日にはまだ見たことのない光がきっとある。
その光がどんな色をしているのかはわからない。
でも、顔を上げて歩いていれば、きっと出会える。
そんな気がしている。
新しい年のどこかで、その光にそっと触れられますように。
これが、今年の最後に自分がたどり着いた、
強がりではなく、静かな本心だ。


コメント