休職という凪のような時間の中に身を置いているせいか、最近はどうも日付の感覚が朧げになっていた。
今日が何月何日であるか。それを思い出させてくれたのは、あの人の言葉だった。
日付は変わったが、今日も、感謝を伝えるために僕は山へ向かう。
昨日からずっと、心が呼び寄せていた場所――厄除けの霊場として知られる、立木山へ。

最後にここを訪れたのは、もう20年以上も前のことだ。
小学生の頃、毎年正月になると親に連れられて、賑わう参道の石段を無邪気に駆け上がっていた記憶が鮮やかに蘇る。
あの頃の僕にとって、この石段はただの遊び場の延長に過ぎなかった。
けれど、立ち止まることを余儀なくされた今の僕にとって、目の前に続く八百余段の急峻な石段は、全く違う景色を見せてくれた。
一段、また一段。
自分の足で、地面の感触を確かめるように丁寧に踏みしめる。
歩けていること。今、ここに生きていること。
そんな当たり前の、けれど何にも代えがたい事実を噛み締めながら、感謝と共に歩みを進めた。
道中、ふと目に留まった奉納の立札の前で足が止まった。
そこには、見覚えのある名前が刻まれていた。

かつてお世話になった、と言うべきだろうか。
下調べをしてきたわけでもなく、ただ感謝を伝え、厄を払うために導かれるように訪れたこの場所で、まさかその人の名を目にすることになるとは思わなかった。
不思議な巡り合わせに、胸の奥が少し熱くなる。
今頃は繁忙期で、きっと息つく暇もなく忙しくしているだろう。
遠く離れた場所で奮闘するあの人の姿に想いを馳せながら登り続けると、いつの間にか頂上へと辿り着いていた。

見上げた先には、一点の曇りもない青空と、力強くも優しい太陽。
冷たい空気の中に、線香の匂いがふわりと混じり、鼻腔をくすぐる。
手水舎で冷たい水に身を清め、挨拶を終えてから、絵馬に静かな願いを認め、蝋燭を一本立てた。
風の通らない屋根の下でふと息を吐くと、驚くほど真っ白な塊が空に溶けていった。
春の足音を待つ季節だというのに、肌を刺す寒さはまるで真冬のそれだった。

復路、別のルートを指し示す立札を見つけた。
小学生の頃はただ来た道を戻るだけだったが、どうやら駐車場から離れたバス停へと続く道があるらしい。
駐車場とは離れてしまうけれど、また登るか歩いて戻ればいい。
そう思い、好奇心に任せて知らない山道へ足を踏み入れた。
しかし、その道には誰一人としていなかった。
静まり返った、ひとりぼっちの道。
先ほどまでの穏やかな気持ちはどこへやら、急に心細さが足元から這い上がってくる。
追い打ちをかけるように現れた落石注意の看板に、進もうとする足がぴたりと止まった。
ふと足元を見ると、そこには偶然にもまた椿の花が落ちていた。
けれど、今日の椿は誰かの足跡に踏みにじられ、残念ながら無残な姿を晒していた。
拭いきれない寂しさが胸に広がり、どうしてもその先へ進むことができなくて、僕は結局元来た道へと引き返した。
誰かと一緒だったら、この険しい坂を下りきることができただろうか。
引き返す途中、またあの立札を見た。
さらに心細くなり、空も僕の心に合わせるように少しずつ雲が多くなってきた。
その時、今朝あの人に送った言葉を思い出した。
雲がクッションのように、優しく包んでくれますように。
そうだ。
ゆっくり、ぼちぼちで大丈夫なんだ。
ひとつひとつ、丁寧にしていけばいい。
感謝を伝えに来たこと。その原点を思い出す。
階段の手すりをしっかりと握りしめる。
私生活のポケテナシ。
ゆっくり一歩一歩、丁寧に下りた。
下り切った後、見上げた空はまだ雲がかかっていたけれど、不思議と心は軽く感じた。
大切なあの人からの光、応援してくれているようだった。
その気持ちに応えるように、家に戻り、今日も僕はプランクと腕立て伏せを終えた。
山の一歩も、部屋での一分も。
今の僕にとっては、自分自身を丁寧に立て直すための、等しく大切な儀式だ。
筋肉に走る微かな熱を、明日を生きるための確かな手応えとして刻みながら、僕は静かに今日を閉じた。




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