太陽の匂いに包まれて

三連休、ずっと晴れていた。
けれど僕は、ずっと寝ていた。
ようやく重い体を引きずってベランダに出たのは、ただ布団を干すため。本当に、ただそれだけのために。

見上げた空は、皮肉なほどに青く、雲ひとつない。
そのまぶしさが、今の僕には少し痛い。

ふと思う。
あの人は、この三連休をどう過ごしたのだろう。
気になってしまうけれど、答えはどこにもない。
ただひとつ確かなのは、この三連休、あの人の声を聞くことができなかったということ。

伝声管というものがある。
電気も電波も使わず、ただ一本の管が、離れた場所を繋ぐアナログな通信設備だ。

それは、嵐の海を行く船の底や、静まり返った古い洋館で、誰かと誰かを結ぶために存在している。
受話器の向こうに誰かが耳を澄ませていなければ、声は届かない。
呼び出し音も鳴らない、ただの沈黙の管。

けれど、ひとたび声を預ければ、空気の震えも、ため息も、微かな心の揺れさえも、そのまま相手の耳元へと運んでくれる。

今の僕とあの人の間には、そんな伝声管が一本、静かに通っているような気がする。
今はまだ、お互いに言葉を預けるのを待っているだけの、静寂の管。
それでも、この管は確かに繋がっている。

いつかまた、あの人の温かな声が、僕の耳元に響き合う日が来るような……あくまで、そんな気がする程度だけれど。

ドラッグストアに処方箋を持って行った。
かつての僕は、問診票の職業欄に迷わず「会社員」と丸をつけられた。
それは一種の身分証明であり、社会と繋がっているという確かな自信だった。

けれど今は、自営業と胸を張って書くことができない。
文字を記入する小さな枠の前で、ほんの一瞬、手が止まる。
今の自分をどう名乗ればいいのか、その答えをまだ見つけられずにいる。

「一人でお金も稼げない人間」
「ただ寝ることしかできない人間」
世間からそう見られても文句は言えない。

あの日々に、あの場所に戻りたいと願う夜は何度だってある。
けれど、時間は戻らない。
戻れないからこそ、僕はここで生きていくしかない。
先の道が、今はまだ霧の中だとしても。
ほんの少しでも、その先が明るくなるように。

ベランダに出て布団を干す。
そんな、他人から見れば何でもないようなことを、ひとつずつ、少しずつ、積み重ねていく。
そうしていくことでしか、僕は今日を、そして明日を生きていくことができないから。

太陽の匂いが移った布団にくるまって、
今はただ、この灰色の心が少しずつ凪いでいくのを待っている。

小さな一歩が、いつか大きな呼吸に変わるまで。
焦らず、ただ、ひとつずつ。

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