朝、曇り空の下で現場に向かう準備をしていたとき、役員から指示があった。
美術館の施工は、急きょ明日に延期する、と。
理由は、別の案件を優先するため。
判断基準はきっと単純な金額だろう。
仕方ないと理解しながらも、胸の奥に小さな悔しさが残った。
この業界では、今日決まったことが明日には覆る。
朝令暮改は日常茶飯事だ。
それでも営業である僕は、取引先に頭を下げ、日程を調整し直さなければならない。
電話口の向こうの、少し沈んだ相手の声。
その声を聞くたびに、どうにもできない現実と向き合うしかなくて、肩がじわりと重くなる。
深い呼吸が自然と増えていく。
外の空はどんよりとした灰色で、心の天気もそれに引っ張られるように曇っていた。
風の湿り気まで、気持ちの重さに同調しているようだった。
そんな一日の途中で、大切なあの人から小さな光が届いた。
力の入れどころが整うような、姿勢が自然と正されるような光だった。
その光が、今日をなんとか支えてくれた。
明日の作業は、ネジの締め直しとクランプの研磨。
工具の匂い、金属の冷たさ、研磨のときに生まれる細かな音。
DIYが好きな僕には、作業のイメージがすぐに浮かぶ。
正直、このくらいなら自分ひとりでもできそうだと思ってしまう。
でも、美術館の仕事となれば話は別だ。
資格を持つ社員さんに同行してもらう必要がある。
そのたびに、無資格の自分が少し歯痒くなる。
だからこそ、早く知識を身につけたいと思う。
昨日、図書館には技術書が見つからなかった。
だから今日ネットで本を注文した。
「早く勉強したい」
その前向きな焦りが、今日の曇り空の中で唯一のエンジンだった。
夕方、雨がちらつき始めたころ、ふと山の向こうを見つめていた。
街の色は少し滲んで、車のライトが水たまりに揺れていた。
そんな景色を眺めながら、大切なあの人のことを思っていた。
今日はあたたかく過ごせただろうか。
雨に濡れなかっただろうか。
心配で揺れて、胸の温度が少しだけ上がる。
この温度を、明日までそっと守りたい。
帰ったら、昨日作った蒸しパンを温めて、ピーチ茶を淹れよう。
その甘い香りに包まれながら、今日の曇り空を静かにほどいていくつもりだ。


コメント