熱は相変わらず38度台のまま午後に入った。
午前の疲れが身体の奥に残り、頭の芯がじんわりと重い。
それでも昼休みを取らずに、午前に学んだことをブログと自分用のマニュアルにまとめた。
覚えているうちに形にしておきたかったし、何より、朝にもらえたあの優しい光が胸の奥でまだ静かに灯っていて、その温度に背中をそっと押されていた。
外を見ると、空は驚くほど澄んでいた。
あの人の言葉がそのまま空に映し出されたような、柔らかい明るさだった。
身体は重いのに、心だけは少し軽くなる。
「午後も、ぼちぼち進もう」
そんな静かな決意が、ゆっくりと形になった。
午後いちで来客があった。
日本の超一流ホテルに数多くの作品を展示されている芸術家の方で、仲介のデザイナーの方と一緒に来られた。
海外出展に向けた絵画の縁の相談で、役員から同席を指示された。
美術館案件を担当したこと、そして次期経営者としての立場もあってのことだろう。
芸術家の方は、世界を飛び回っている人特有の落ち着いた自信をまとっていた。
名刺交換だけでも緊張してしまうほどの存在感で、タブレットで見せていただいた作品は、和紙や石に描かれた深い色が吸い込まれるようで、確かに“世界に呼ばれる絵”そのものだった。
会議室の机の上には、色の濃淡や素材のサンプルが散りばめられ、視界が情報で満たされていく。
その雑然とした机が、緊張を淡く押し上げた。
満天の星のように整った光ではなく、重力のない宇宙にそっと放り出されたような、足場のない感覚に近かった。
打ち合わせは気づけば4時間に及んでいた。
絵画の色、壁の色、テクスチャー、周囲の展示物との調和…。
芸術家のこだわりは尽きることなく、次々と提示される。
一点ものに強いと評判のある会社だと改めて実感する一方で、その分だけ責任の重さが肩にのしかかった。
役員の真剣な表情、こちらに向けられる視線。
「任されている」という感覚が、熱のある身体にさらに負荷をかける。
頭の奥がかすんでいくようで、
身体の深いところから、かすかな軋みが響いた。
打ち合わせが終わった瞬間、糸が切れたように力が抜けた。
熱とストレスで集中力が削られ、茫然としそうになる。
「ぼちぼちでいい」と言い聞かせていたのに、心が揺らいでしまった。
ふと、あの人の存在が浮かぶ。
光を求めるように、気づけばメッセージを送っていた。
頼ってしまった自分に少し戸惑いもあった。
それでも、あの人の存在が静かに輪郭を持った時間だった。
返ってきたのは、「気持ちが少しでも楽になるように」という優しい言葉と、星が2つ。
七夕の夜に寄り添う二つ星のようだった。
あの人の光が、ふんわりと心へ触れてくるように感じた。
午後の仕事はまだ残っていた。
だからこそ、
「三つ目の星に届くように、もう少しだけ進んでみよう」
そんな小さな決意を支えるための二つだと受け取り、胸の奥にそっと置いた。
優しさに胸がほどけた。
光をくれたあの人に救われた。
浅くなっていた呼吸が、だんだんと深く吸えるようになる。
心がゆっくりと持ち直していくのを感じた。
そのあと、熱がある中でも複雑な図面を描き切ることができた。
添えられた星が背中を押してくれたのだと思う。
「無理はしないよ。大丈夫だよ。」
改めてそう穏やかに思えるようになった。
仕事を終える頃には、ほんの少しだけ誇らしい気持ちが残っていた。
明日は、学びたい溶接を学べるように。
心も体も整えて、だけど、ぼちぼちの歩幅で進んでいきたい。


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