今日は、どうしても気持ちが入らない一日だった。
マラソンを走れなかった悔しさが、まだ胸の奥で疼いている。
あのスタートラインに立てなかった自分を、
どこに置けばいいのか分からないまま、
ただ時間だけが静かに過ぎていった。
悔しさは薄れない。
むしろ、ふとした瞬間に波のように押し寄せてきて、居た堪れない気持ちになる。
その痛みをどう扱えばいいのか、まだ答えが出ていない。
コーヒーの光は、たぶん落ち着いてほしいという気遣いだったのかもしれない。
だから、少し昼寝をして、気持ちを紛らわせようとした。
眠りが浅かったのか、不思議な夢を見た。
昔の由緒ある家に、配達の仕事で向かうところから始まった。
その家では、ひとりの女の子が檻に入れられ、雑に扱われていて、見ていられなくて助け出した。
彼女はどこか“獣”のようで、本能のままに生きているような子だった。
なぜか放っておけなくて、その子と一緒に旅をすることになった。
外では粉雪が舞っていて、空気は冷たかった。
寒い日だったけれど、その街には牛をモチーフにした店がいくつも並んでいた。
お茶屋さん、マッサージ店…どれも素朴で、ゆっくりとした時間が流れていた。
旅を続けるうちに、彼女の荒々しさの奥にある弱さや純粋さが見えてきて、
夢の中では、少しずつ距離が近づいていったように感じた。
最後には、言葉にしなくても伝わるような、
静かな温かさだけが残っていた。
目が覚めたあとも、粉雪の冷たさと、あの子の手の体温だけが、
胸の奥にふわりと残っている。
夢の意味を、肘をつきながら考えた。
夢の断片をひとつずつ拾い上げて、ネットで調べ、自分なりに噛みしめていった。
あの古い家は、どこか自分の奥のほう、
触れずに置いてきた記憶や、昔の価値観みたいなものを思わせた。
配達の仕事は、誰かに何かをしてあげようとする自分の癖に近い。
言葉でも、態度でも、気持ちでも。
「届けたい」と思う気持ちが、どこかでまだ残っている。
雑に扱われていた女の子は、
たぶん、自分の中の弱い部分なんだろう。
見て見ぬふりをしてきたところに、
やっと手を伸ばし始めたのかもしれない。
獣みたいな子を育てていたのは、
抑え込んできた感情や、未熟なまま置いてきた気持ちを
もう一度拾い上げようとしている自分の姿に見えた。
粉雪の冷たさは、
痛みを静かに包むような、そんな浄化されるような気配があった。
牛のモチーフが多かった街は、
焦らず、ゆっくり進むしかない今の自分そのものだ。
旅は、変わりたい気持ちと、変わらざるを得ない現実のあいだを
歩いている途中なんだと思う。
こうして並べまとめてみると、
“心の奥にある弱さや荒々しさを見捨てず、守り、育て、受け入れていく時期にいる”
そんなふうに感じられた。
マラソンを走れなかった悔しさも、
その弱さのひとつなのかもしれない。
抱えたままでもいいし、無理に整理しなくてもいい。
粉雪のように静かに積もっていく時間の中で、
少しずつ形を変えていくものなのだろう。
旅の終わりに感じた温かさは、
もしかしたら「未来の自分」との和解の象徴なのかもしれない。
今日は、悔しさが何度も波のように押し寄せてきた。
走れなかった自分を思い出すたびに、
情けなさや、たくさんの人に置いていかれたような感覚が込み上げてくる。
そのたびに、胃と胸の奥がじんと痛み、
目を伏せてしまうような瞬間が何度もあった。
気持ちが大きく揺れて、どこにも行き場がないように感じてしまった。ロープを買いに行こうとも思ってしまった。
それでも、夢の中で見た景色が、
今の自分の心の位置をそっと示してくれたように思う。
弱さを抱えたままでも、前に進んでいいのだと。
焦らず、急がず、
自分の歩幅で整えていけばいい。
粉雪のように静かでも、
前に進んでいれば、それで十分だ。
明日もまた、今日の続きとして、
ゆっくりと積み重ねていきたい。明日からも生きていきたいから。


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