石段に落ちた椿の花

仕事

今日は3月9日、サンキューの日であることを、あの人が教えてくれた。そんな特別な日に、あの人は僕に言葉を向けてくれた。その響きが、心の奥底にゆっくりと、けれど確かに染み渡っていくのを感じた。

こちらこそ、とコンマ0.1秒もたたずに声が出ていた。溢れてきたのは、言葉を追いかけるような涙だった。毎日どれほど元気づけられているか。そう返信を終えたとき、心の中に温かな余韻が残った。

当初は別の山へ向かうつもりだったが、この静かな多幸感を胸に、まずは地元の神様へ挨拶に行きたくなった。行き先を変更し、僕は石清水八幡宮へと向かった。

近くのパーキングに相棒を停め、本殿へと続く参道を歩き始める。見上げる石段は、運動習慣のない人からすれば、少し登るだけで息が上がるほど長く険しい道のりだ。しかし、一歩一歩踏みしめる足取りは、僕の決意を確かめるかのように力強い。

オフシーズンということもあり、境内は驚くほど静かだった。時折、日課のウォーキングをされている方と挨拶を交わす以外は、僕一人の時間である。

歩きながら、自然と独り言が多くなった。けれど、それは決して後ろ向きなものではない。石段を登りながら口をついて出るのは、あの人の存在への、感謝ばかりだった。

今の僕は、傷病手当金を申請し、療養しながら再起を待つ身だ。以前なら、働けていない現状に焦り、自分を責めていたかもしれない。けれど今は違う。後ろ向きにならない。今、この時間だからこそできることをやる。今日この場所へお参りに来たことだって、これからの自分のために必要なプロセスなのだと信じている。

そう自分に言い聞かせ、リスキリングに励む毎日だ。自分を磨き、いつか万全の状態で会社に戻れたとき、必ず役に立てる人間になっていたい。何より、あの人に対して胸を張れる僕でありたい。

それはまるで、今、夢見ているファントムのように。誇り高く、けれど影で着実に力を蓄え、いつか最高のパフォーマンスを見せる。そのために今、地力を鍛えるための研鑽を積むのだと、静かに胸に誓った。

ふと足元を見ると、一輪の椿の花が石段に落ちていた。ふっくらと、まだ鮮やかに咲いたままの紅い花びら。このままでは誰かに踏まれてしまうだろう。僕はそっとそれを拾い上げ、石段の端の、安全な場所へと逃がした。そんな些細な慈しみの心が持てたのも、あの人の言葉が僕の心に余裕をくれたからに違いない。

本殿に到着し、手水舎で身を清める。冷たい水が心地よく、身が引き締まる思いだった。

八幡の神様の前に立ち、静かに手を合わせる。今日という日を迎えられたこと、大切な人から言葉をもらえたこと。そして、今の僕を生かしてくれているすべての縁に。その感謝を丁寧に、神様に報告した。

境内を回り、分社の一つひとつにも挨拶を済ませる。最後に鳥居を出るとき、僕はしっかり腰を曲げて、深く一礼した。

生かしてくれて、ありがとうございます。

その言葉を呟き、顔を上げた瞬間だった。どこからともなく、一匹のシマシマ模様の猫が、僕の方へ駆け寄ってきた。

慌ててカメラのシャッターを切ったが、撮れたのは去りゆく後ろ姿だけだった。けれど、またこのタイミングで不思議な出会いがあるものだと思った。後ろ姿を見送る僕の顔は、きっと穏やかだったはずだ。神様からの、しっかりやっていきなさいという合図のような、温かな縁を感じずにはいられなかった。

帰り道は、この土地に30年以上住んでいながら、一度も通ったことのなかった裏参道を選んだ。表の道よりも自然がより近くに感じられる。草の匂い、鳥のさえずり。木漏れ日が差し込むたび、左手首のApple Watchがキラリと光る。

青いりんごで距離と心拍を測りながら、もう少し歩こうと展望台まで足を延ばした。展望台から見渡す景色の先。その東にある山の向こう側で、きっと今、あの人は働いているのだろう。

僕は再び、東の空を向いて感謝を呟いた。今はまだ準備の期間かもしれない。けれど、感謝を言葉にし、それを力に変えて歩き出すこの一歩は、確実に未来へ繋がっている。

3月9日。僕にとって、生涯忘れられないサンキューの日となった。明日からもまた、自分を磨き続けていこうと思う。

Screenshot
Screenshot

コメント

タイトルとURLをコピーしました