立ち並ぶ煙突に

仕事

お昼前、診察が終わった。
8時半からの診察で、少し早めに着いたけれど、すでに20人ほどの方たちが並んでいた。

朝の冷たい空気の中で、白い息が工場の煙突からの煙みたいにゆっくり立ちのぼっていく。
まるで、人の弱さや苦しさが“煙”として空へ逃げていくみたいだった。

その光景を眺めながら、
「みんな、それぞれの場所で必死に今日を生きているんだな」
そんな思いが胸の奥に静かに沈んでいった。
自分もまた、その列の中のひとりとして、
少しずつ整えていこうと、そっと息を吸い込んだ。

先生には、眠りが浅いことを伝えた。
脳がずっとアクセルを踏み続けているようで、休む場所を見失っている。
「まずは1日8時間寝るようにしましょう」
そう言われて、薬がひとつ増えた。
これも、少しずつ未来へ向かうためのプロセスなんだと思う。

外に出ると、青空が眩しいほど澄んでいた。
光は強いのに、心の中にはまだ薄い影が残っている。
大切なあの人から、今日は光を受け取れていない。
けれど、焦らず、止まらず、ぼちぼちだ。

光が届かない日だってある。
そんな日は、自分の中に残った影と一緒に歩いていくしかない。
それでも、影があるということは、
どこかに必ず光があるということでもある。
その光の方へ、無理のない歩幅で向かっていけたらいい。
考えてしまうのは、大切に想っているからで、
その想いは、小さなランプみたいに、
消えもせず、騒ぎもせず、ただそこにある。

帰りの駐車場では、また車にフンが落ちていた。
「またか」と相棒と声が重なった気がした。
もしかしたら鳥さんも、ピンク色に癒されに来ているのかもしれない。
もし止まり木になれているなら、それも悪くない。
いつか自分も、あの人のそばで、そっと羽を休めてもらえる枝になれたらいい。
そんなふうに思えただけで、相棒には悪いけれど、鳥さんにも少し感謝した。

午後は川へ行くつもりだ。
流れる水の音に耳を澄ませて、
ほどけないまま抱えているものを、少しだけ流れに預けられたらいい。
預けられなくても、ただ眺めるだけでもいい。
今日はそのくらいの余白を、自分に許してみる。

そんな、今日の午前中の記録。
僕が僕であるために。

コメント

タイトルとURLをコピーしました