知りたい真実があった。
書類の整理をしていると、ふとあの頃の記憶が顔を出す。
今いる工場の事務所は、前職よりも少し広い。
壁一面にカタログやファイルが並び、無機質なものに囲まれて座っていると、
広さの分だけ静けさが増して、ひとりでいる寂しさが強くなる。
人の気配が薄い空間は、心の温度まで下げてしまうようだ。
あの頃の事務所は、もっと人との距離が近かった。
間取りの狭さもあったのかもしれないけれど、それ以上に“心の距離”が近かったのだと思う。
隣にはいつも誰かがいてくれた。
そのありがたみが、今になって深く身に染みている。
背中合わせの席にいた彼の気配。
キーボードを叩く音や、ふとしたため息のリズムまで覚えている。
今も僕たちは、あの頃と同じように背中を向け合ったままだ。
たまに振り返っても、きっと彼はもうこちらを見てはくれないだろう。
それでも、あの日の会話や笑い声は、まだ胸のどこかに残っている。
冬の空には、おおいぬ座とこいぬ座が並んでいる。
おおいぬ座には冬で最も強く光るシリウス、
こいぬ座にはやわらかく瞬くプロキオン。
二つの星は冬の大三角を形づくりながら、静かに夜空を照らしている。
おおいぬ座とこいぬ座は、天の川を挟んで向かい合うように位置している。
まるで僕と彼の関係をそのまま映したような星座だと思う。
忠実な猟犬として語られる星座。
おおいぬ座のシリウスが明るいのは、恒星としてとても熱い星だからだ。
ギリシア語で「焼き焦がすもの」という意味を持つらしい。
日本ではその大きさと輝きから「青星」と呼ばれ、航海の目印として人々を導いてきた。
僕の好きな青色でもある。
オウィディウスの『変身物語』では“ライラプス”という名で登場するという。
そして、こいぬ座にはプロキオンという星がある。
シリウスほど強くもなく、ベテルギウスほど語られることもない。
それでも古い神話では、
「仲間のために先に昇る小さな犬」
そんなふうに呼ばれていた。
大きな光のそばで、少しだけ早く、静かに道を照らす星。
目立たないけれど、確かにそこにある優しい光。
彼も、どこかプロキオンのような子だった。
「やってみよう」が誰よりも先に言える子で、その小さな光に、気づけばみんなが付いていこうとしていた。
派手さはないのに、場をそっと温める優しい存在。
今になって思うと、その光にどれだけ助けられていたのか。
あの頃の彼に、静かに感謝している。
そんな背景を知るほどに、この星座を探したくなる理由が増えていく。
離れているのに、同じ季節に輝き続ける星たち。
僕たちも、どこかそれに似ていたのかもしれない。
同じ人を想い、同じ光を胸に抱いていた。
だからこそ、すれ違った瞬間の痛みは深く、
喉に小骨のように残り続けている。
1月になったら、冬の空を見上げたい。
おおいぬ座とこいぬ座を探してみたい。
あの二つの星座を見つけられたら、
僕の中に残っている小さな引っかかりも、少しだけ形を変えてくれる気がする。
冷たい空気の中で星を見つけるたびに、心の輪郭も少しずつ整っていくような気がする。
僕以外に誰もいない事務所。
前職の職場でも、僕の存在はそうかもしれない。
この場所の空気は冷たくて、仲間たちの笑い声が遠くに聞こえる。
その距離感が、今の自分の立ち位置を静かに教えてくれる。
それでも、ひとつだけ揺らがないものがある。
どんな過去があっても、どんな距離があっても、大切なあの人への想いだけは負けない。
離れていても、毎日小さな一歩を積み重ねていけば、いつか胸を張って会える日が来ると信じている。
だから今日も、僕は記録していく。
昨日の私も、今日の私も、未来へ繋げるために。


コメント