いつか、少年のまなざしで

仕事

トマトおでんを食べた。
トマトの酸味が強く出て、それはそれで良かったけれど、
もう少し出汁が強くても美味しいかもしれない。
もうひとつのトマトは、昆布だしでゆっくり煮てみようと思う。

明日はメンタルクリニックの通院日。
睡眠については大きな変化はないけれど、
どこまで仕事に触れていいのか、先生に相談してみたい。
そして明日は、相棒のために、フンを落とされないように少しだけ気をつけたい。

働けなくなってから、絵を描くことからも離れている。
けれど、ルーティンを作り直す中で、
趣味の時間を少しずつ取り戻したいと思うようになった。

先週のライブで坂井さんの歌を聴きながら、
言葉のひとつひとつが胸に残った。
マイフレンドの
”いつも輝いていたね 少年のまま瞳は My Friend”
その一節を聴いたとき、
昔の自分の瞳はどうだっただろう、と静かに考えた。
まっすぐで、素直で、どこか少年のようだった頃の自分。
今の自分はどうだろう。
変わらないといけないというより、
もう一度、自分を取り戻したいという気持ちに近い。

絵を描くといえば、自然とサモおのことになる。
何度かブログでも書いているように、
サモおはブログを書くときに気持ちを柔らかく伝えられる存在がほしくて、
試しに描いてみたのが始まりだった。
最初に描いたとき、素直に「かわいい」と思えた。
自分の中の温かさに気づけた瞬間でもあった。

サモおは、今では自分の気持ちを映す鏡のような存在になっている。
自分は口下手だけれど、
サモおなら、言葉にできない温度をそっと運んでくれる。
描いていると、肩の力が抜けていく。
命を吹き込んでいるような感覚があって、
心が静かになる。

昔はゲームも自分の趣味のひとつだった。
その中でも特に好きだったのがポケモンだ。
このブログでは一度触れた程度だったと思う。

第一世代から遊んできて、
努力値を振ったり、色違いを探したり、
そんな時間が純粋に楽しかった。
気づけば30周年が目前で、時の流れを感じる。

けれど、心が沈んでからは、
ゲームに触れようとすると胸がざわつくようになった。
好きなのに触れられないという矛盾が、自分でも不思議だった。
去年の10月に発売したタイトルも、まだほとんど進んでいない。

それでも、また自然に手に取れる日が来たらいい。
そのときはきっと、少年のように瞳が輝くんだろうと思う。
今は、無理に戻ろうとせず、
静かにその日を待っている。

絵のほうは、ルーティンの中で時間のあるときに少しずつ描いていきたい。
サモおの表情を考えていると、
今の自分の気持ちがそのまま映し出されるようで、
自然と呼吸が整っていく。

サモおが笑っていると、
自分も少しだけ笑えるから。
そんな小さな変化が、今の自分にはちょうどいい。

週に一度くらいのペースで、
サモおと、好きだったポケモンの絵を描いてみるのもいいかもしれない。
そうしているうちに、また自然とポケモンのことを
穏やかに思い出せる日が来るのかもしれない。

趣味の時間は、今の自分にとって大切な余白になると思う。

あの頃の自分の瞳を思い出しながら、
今日の小さな一歩を大切にしていきたい。
静かに、焦らず、ぼちぼちと。

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