選び直す生き方

旅行

昨晩から、今朝まで立科に仕事できていた。湖面に映る光は澄んでいるのに、心は重く曇ったままだ。週末の憂鬱。毎週のこと。前に進もうとしても、過去が後ろ髪を引き、出口のない幽閉のように感じられる。

そんな折、鹿の姿を見かけた。立科高原では珍しいものではないらしいが、静けさの中でふと目にしたその姿は、不思議と心を和らげた。古来、奈良の春日大社では鹿が「神の使い」とされてきた。祭神・武甕槌命が白鹿に乗って御蓋山に降臨したという伝承に由来する。立科の森での一瞬もまた、歩みを続けるための小さな励ましに思えた。

長野は真田信繁(後世に幸村と呼ばれる)の地。大切なあの人に教えてもらった。大切なあの人と訪れたかった地。立科から東へ少し向かうと、墓や供養塔などが残されている。信繁は最後まで豊臣家への忠義を貫いた。関ヶ原の戦いの後、父・昌幸とともに九度山で約14年の幽閉を強いられ、敗北と孤立を背負いながら生き続けた。戦場で名を馳せた武将が、山里でただ耐えるしかなかった日々。その姿は、病と傷心に囚われた今の自分と重なる。

勝利が望めない戦でも、信繁は自らの選択を曲げなかった。1615年、大坂夏の陣で安居神社付近にて討たれたと伝わる。享年49歳。敗北の中に散ったが、その忠義は「日本一の兵」と称され、後世に残った。

過去は消えず、傷心も癒えない。けれど信繁の姿を重ねると、敗北や痛みの中にも「選び直す生き方」があると感じる。立科の冬風に吹かれながら思う。間に合うなら今からでも、幽閉のようなこの時間を、そしてその沈黙の先に、必ず新しい光が差すことを信じて歩んでいきたい。鹿を見かけたあの瞬間のように、日常の中に小さな希望を見つけながら。

コメント

タイトルとURLをコピーしました