悪役に寄り添うヒーロー像

アニメ

ヒーローとは、必ずしも力強い姿だけではない。
時にそれは、弱さを抱えながらも歩み続ける人の姿に重なる。
時にそれは、誰かの暗闇に耳を傾ける人の姿に宿る。

そして僕にとってのヒーロー像は、倒す者ではなく、寄り添う者だ。
敵として語られる存在の中に、かつての自分を見つける。
荒々しい野獣のように見えても、心は弱り、支えを求めていた。
満たされない心を抱え、間違いを重ねてしまった。その姿こそが、僕自身の「悪役」だった。

ある人は、自分の中のヒーロー像「正義」を守ることを貫こうとした。
その正義の前に立ちはだかったのは、他でもない僕自身だった。

世の中の多くのヒーローは、悪役がなぜそうなったのかに耳を傾けない。力でねじ伏せ、倒したあとに讃えられる。だが、悪役は生き延びても、心の暗闇からは抜け出せない。

スーパーマンのゾッド将軍も、バットマンのジョーカーも、孫悟空のフリーザも、物語の最後まで「悪役」として語られる。彼らの過去や孤独に深く寄り添うことはなく、倒されることで物語は終わる。悪役は悪役のまま、最後まで暗闇に閉じ込められている。

けれど、すべてが「倒す」物語ではない。
『鬼滅の刃』の炭治郎は鬼の悲しみに耳を傾け、
『僕のヒーローアカデミア』のデクは死柄木に「まだ人間だ」と語りかけた。

僕は、こうした姿勢こそが人々の心に深く響くのだと思う。
だからこそ、鬼滅の刃やヒロアカは世界中で多くの人に賞賛されている。そう感じている。
悪役に寄り添うヒーロー像は、国や文化を越えて共感を呼び起こすのではないだろうか。

僕もまた、自分の中の「悪役」に寄り添いたい。
過去を正当化するのではなく、なぜそうなったのかを理解し、そこから歩み直すために。自分自身を救えたなら、きっと他者の暗闇にも寄り添えるはずだ。

ヒーローは必ずしも世界を救う存在ではない。

誰かの孤独に気づき、声をかける人
失敗した友人を責めずに支える人
子どものわがままを受け止める親

そうした日常の小さな場面にこそ「寄り添うヒーロー」はいる。
そして僕自身も、自分の中の野獣を理解し、受け入れることで、誰かにとっての小さなヒーローになれるのではないだろうか。

だからこそ、僕は「悪役にまで寄り添えるヒーロー」になりたい。
それは他者に対してだけでなく、自分自身に対しても。
暗闇を抱えたままではなく、光を見つけ直すために。

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