笑顔咲く年、感謝から始まる年

思い出

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年は、日々の中にある小さな喜びや痛み、
その瞬間に芽生えた気づきや感情を、
これまで以上に丁寧に見つめていきたいと思っています。

そして、1日にあった嬉しいこと、悲しいこと、
そこから考え得た経験や学びを、
このブログを通して皆さまに静かにお届けできれば幸いです。

「笑顔咲く年」になりますように。
そんな願いを胸に、今年も一歩ずつ記録を積み重ねていきます。


年の始まりをどこで迎えるか、ずっと迷っていた。
けれど本当は、心の奥ではもう決まっていたのだと思う。
あの人への強い感謝を、おかげ犬に乗せてお伊勢さんに届けたかった。
その気持ちに導かれるように、車は自然と伊勢へ向かっていた。

まだ夜の気配が残る参道を歩きながら、胸の奥で小さく灯るものがあった。
ここは、おかげ犬の故郷。
去年、あの人からもらった小さなおかげ犬が、どれほど自分を支えてくれたかを思い返すと、
まるで帰るべき場所に戻ってきたような気がした。

先に正宮へ向かった。
正宮の手前で日付が変わり、周りの祝いムードに押されながらも、
「健やかないい年にしたい」と静かに願った。
本来、正宮では感謝を伝え、個人的な願いは別宮でするものだ。
だから正宮では、神様への感謝と、そしてあの人への感謝をそっと置いた。
別宮では、あの人が笑って過ごせる一年になりますようにと願い、
自分自身の日々の積み重ねを誓った。

4時前には、日の出スポットである宇治橋へ戻った。
すでに2、30人ほどが待機していた。
防寒対策はしてきたつもりだったが、内宮の参道は風が通りやすく、
列の真ん中にいても手が凍るようだった。
日の出予定時刻は7時48分。
温かいルイボスティーを飲みながら、去年のブログを読み返した。
どの言葉も本心で、読み返すたびに胸が熱くなり、涙が滲んだ。
特に手術の時、あの人にどれほど支えられたかを思い出すと、
唇を噛みしめるほどだった。

空には雲ひとつなく、絶好の日の出日和だった。
木々の影からキラキラと陽光がこぼれた瞬間、
もうその時点で涙が溢れていた。
こんなにも神々しい光を見たことがなかった。

やがて太陽がゆっくりと昇り、
ついに天辺から光が射したその瞬間――
本当にその時、大切なあの人から連絡が来た。

行き先も告げていない。
日の出スポットの予定時刻だって知らないはずなのに。
息が止まった。言葉にならなかった。
目の前の神光と同じくらい、
年明けの言葉が眩しく輝いて見えた。

周りのシャッター音で我に返り、
「この光を届けたい」と思った。
人に揉まれながらも、写真だけは送ることができた。
奇跡のような出来事だった。

日の出を見たあと、どうしても行きたい場所があって、おかげ横丁を歩いた。
道すがら、あちこちからいい香りが漂ってきたけれど、どれも今の僕の胃では受け止めきれないものばかりだった。
その瞬間だけは、ほんの少しだけ寂しさが胸に残った。

行きたかった場所は、あの人からもらったおかげ犬のお守りが置かれているおみやげ屋だ。
去年、本当に救われた。
手術前の不安、手術後の痛み、思うように動けない日々。
心が折れそうになった夜がいくつもあった。
それでも枕元のおかげ犬を見るたびに、
不思議と呼吸が整っていった。
「大丈夫だよ」と言われているようで、孤独が少し和らいだ。

店内にはおかげ犬グッズがたくさん並んでいた。
あの人に託された黄色のおかげ犬も、
まるで故郷に帰ってきたように見えた。
胸の奥から自然と「本当にありがとう」という言葉がこぼれた。持っていない色のおかげ犬を連れて帰ることにした。いつかあの人に渡せたらいいなと思ったから。

そのあと、ふと目に入った“もう1匹の可愛い犬”がいた。スヌーピーだ。
おかげ犬とはまったく違うけど、
どこか「今年もよろしく」と笑ってくれているようで、思わず撮ってしまった。

今度は可愛いうさぎミッフィのお店が目に入った。
つくづく僕は可愛いものに目がないらしい。
気づけば自然と体がそちらへ進んでいく。

伊勢は、感謝を伝える「1日目」にふさわしい場所だった。
おかげ参りの歴史も、おかげ犬の物語も、
そして去年の自分が受け取った“おかげ”も、
すべてが静かに結びついていく。
ここから始まる一年が、光に向かって歩いていく旅になりますように。

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