急がず止まらずぼちぼちと

アラームに気づかないほど眠ってしまった。いや、眠れた。

昨日、会社を出ようとしたとき、ポケットの中で小さく震えたバイブに気づいた。画面には、あの人からの「ぼちぼちいこう」の文字。余白のあるその言葉が胸に静かに落ちてきて、焦らなくていいんだと肩の力が抜けた。苦しくて長かった一日が、その一言でふっと救われた気がして、この感覚を未来の自分のために記しておきたいと思った。

昨日、あの情けないと思ったブログを書いたのは、今の自分を客観的に見つめたかったからだ。弱さや焦りも含めて、揺れている自分をそのまま残すことが必要だと思った。ただ、あのときの自分は、風が吹けば落ちてしまいそうな水分のない枯葉のようだった。

あの人も仕事始めで忙しい時期だっただろうに、
そんな自分を見て心配してくれたことがありがたかった。
あの人の「ぼちぼちいこう」は、私の知っているあの人らしい柔らかさをまとっていた。
距離を詰めすぎず、離れすぎず、そっと寄り添うような言葉。
その距離感を大切にしたいと思えたし、
自分もその優しさに応えられるように、素直に受け止めたいと思った。

「おつかれさま」が深く沁みた。無理をしなくていい、自分のペースで大丈夫だと、あの人が静かに伝えてくれているようだった。ペースメーカーという言葉は強いかもしれないけれど、あの人が伴走してくれているように感じて、心の距離がほんの少し縮まった気がした。「あなたのペースで大丈夫ですよ」と言われているようで、そこに小さな希望が灯った。

あの人もまた、自分のペースで一歩ずつ進んでくれている。だから自分も無理をせず、ゆっくりと近づいていけばいい。関係を急がず、線を育てるように、少しずつ温度を重ねていきたい。焦らずに、昨日届いた温もりを噛みしめながら。「ぼちぼち」という言葉は、これからの自分にとって新しい指針になった。急がなくていい、でも止まらなくていい。そんな歩き方を選びたい。

その日の出来事を記録するのは、未来の自分が振り返ったとき、確かに前に進んでいた証になるからだ。「昨日の私も今日の私も未来へ繋げる記録」というテーマに、昨日の小さな安心と希望はぴったり重なる。こうした些細な温度が、きっと未来の自分を支えてくれる。ぼちぼち進む日々を大切にしたい。昨日の自分にまるをつけるなら、迷わずはなまるをあげたい。

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