朝からよく晴れた日だ。
冬の空なのにどこか軽くて、新しい車ならこの空の下をもっと気持ちよく走れただろうと思った。
車内は風がないぶん意外と暖かく、袖がじんわり熱を持つほど。道沿いの木々も、ほんの少しだけ春の色をまとって見えた。
東の山には、ゆっくりと雲が集まっていた。
こちらは晴れているのに、山の向こう側だけ色が違う。
その境目を見るたびに、自然とあの人のいる空を思い浮かべてしまう。
今日のあの人の空は、どんな光をまとっていたんだろう。
午前中、地震があったらしい。
移動中で揺れには気づかなかったけれど、事務所では少し揺れたと聞いた。
連絡をするほどの震度ではないのに、大切なあの人のことが浮かんだ。
気にしすぎだと思いながらも、気にしてしまう。
そういう自分も、今はそのまま受け止めている。
昨日より、少しだけ視線が高くなった気がする。
同じ道を走っているはずなのに、山の稜線がやけにくっきり見えた。
この小さな変化が、これからの自分を少しずつ形づくっていくのだと思う。
年始の挨拶回りでは、技術の話から雑談まで、話題があちこち飛んだ。
レーザー加工の話になり、1億円規模の設備導入の話を聞いたときは、ものづくりの世界のスケールにあらためて圧倒された。
そんな中で、印象に残った社長の話がある。
ひとりの社長は、JRAのイベントで体験した「妙にリアルなロボット馬」の話をしてくれた。
動画も見せてもらったが、首の関節の動きが本物の馬そのもので、とても精巧だった。
たまに宝くじを買う程度で、公営ギャンブルには縁がない私だけれど、あんな馬に乗れるなら競馬場の空気を少し覗いてみたいと思った。もちろん賭けるつもりはない。
その話を聞きながら、USJのジュラシックパークエリアで見た恐竜のグリーティングを思い出した。
あの人と一緒に見た、あのリアルさと可愛さ。
思い返すと、心がまた少し軽くなる。
別の社長からは、鹿児島・桜島の話を聞いた。
「噴火が見えたら当たり年らしい」という土地ならではの感覚があるのだと知り、旅の景色がふっと浮かんだ。
その工場では、焼きたてのさつま揚げを「ちょうど焼けたし、上がって」と勧められた。
けれど内視鏡手術の直後で食べられず、「これは家で熱燗でいただきたい」とやんわり断って持ち帰らせてもらった。
本場のさつま揚げは豆腐入りでふわふわらしい。
いつか現地で本物を味わうとき、どんな景色が広がっているのだろう。
そんな未来を、少しだけ楽しみにしている。
訪問先の人たちは忙しそうなのに、どこか満ちた表情をしていた。
自分も、ああいう顔で仕事ができるようになりたい。
ただ作業をこなすのではなく、表情に「やりがい」が滲む働き方を。
名刺や訪問記録を整理していると、人の流れが見えてくる。
役職が上がった人、別部署に移った人、勇退して顧問になった人。
肩書きが変わるたびに、それぞれの時間が確かに進んでいることを思う。
今年はどんなご縁が広がるのか、楽しみだ。
売上順位の表も渡されたけれど、それだけでは測れない関係を大切にしたい。
数字に表れない信頼や、長く続くやり取りの温度。
そういうものを育てていく一年にもしたい。
昨日の自分も今日の自分も未来へ繋げる記録として、ゆっくりと積み重ねていくつもりだ。
淡々としながらも、人情だけは手放さずにいたい。
そして、あの人に静かに伝えたい。
「ちゃんと頑張っているよ」と。
言葉にしなくても、どこかでふっと届くくらいの距離で。

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