静と動の世界

会社に戻ったのは20時半。工場には自分ひとり。
パソコンを開き、メールを確認しながら、蓮の空を聴きつつ息を整えている。

前職と今の仕事を比べることはできない。
ただ、これから自分が働いていくうえで、少しだけ思いにふけりたくなることがある。

前職で事務の仕事をしていた頃は、
数字と書類に囲まれた整った世界の中で働いていた。
扱う数字も書類も桁違いに多く、
それを整えるための人の数もまた多かった。
来たものを捌き、決められた流れに沿って積み重ねていく日々。
淡々としていたけれど、
毎月決まった日に無事に終えられたときの達成感は、
小さくても確かな“瞬き”だった。

変化の少ない世界だったからこそ、
「もっとこうしたい」という熱が自然と湧いてきたし、
すぐに返ってくるレスポンスが、
その日の自分を育ててくれた。
あの場所には、丁寧に働く人たちの空気があった。
その空気の中で過ごした時間が、
今の自分の土台になっていると感じることが多い。

製造の仕事は、前職とはまったく違う景色の中で、自分を育ててくれる。
金属材料の世界は、触れたときの温度や重さがそのまま仕事に影響する。
アルミひとつでも、配合される成分によって性質が変わり、
どの工程を通すかで、まるで別の表情を見せる。
数字だけでは測れない“癖”があって、
それを読み取るには経験と、少しの勘が必要になる。

まだまだ経験のなさを痛感する。
痛感しない日がないくらいに。
知らないワードが出てくればこうやって残って調べるか、家にカタログを持ち帰って調べ、
自分の中に落とし込むまで何度も読み返す。
現場に立つ人たちの会話には、
自分の知らない専門用語や、
長年の経験から生まれる“暗黙の理解”がある。

その輪の中に入ろうとすると、
胸の奥に小さな圧が生まれる。
「もっと知りたい」という気持ちと、
「まだ知らない」という焦りが混ざり合う。
自分の判断が流れを左右する場面に立つと、
背筋が伸びるような緊張がある。
その緊張と向き合いながら、
毎日、揺れながらも少しずつ前へ進んでいく。

ページを進めていると、美術館の担当者からのメッセージが届いていた。
昨日は、納品した星の施工日だった。

「○○会社の皆さまのおかげで、無事にカタチになりました。最後まで親身に対応いただきありがとうございました。」

その言葉を読み、ようやく呼吸が落ち着いた。
これまでの判断や段取りが、
誰かの手に渡り、
誰かの目に触れ、
ひとつの作品として立ち上がった。
星座がひとつ形になったように思えた。
正直、目が潤んだ。
早くこの目で確かめたい。そして、あの人にも見てもらいたい。

事務と製造。
静と動。
まったく違う世界のようでいて、
どちらにも確かに“人の温度”があった。
静かに積み重ねていく世界にも、
動き続ける判断の世界にも、
ひとりでは届かない場所がある。

星を繋ぐという仕事は、
ただ段取りをこなすだけでは形にならない。
誰かの想いと誰かの技術が重なって、
ようやくひとつの“輝き”になる。
その輝きのどこかに、
自分の判断が混ざっていると思うと、
胸の奥があたたかくなる。

揺れながらでも、
迷いながらでも、
それでも前へ進める日がある。
忙しさの中でふと浮かぶ光があって、
その存在を思うだけで呼吸が整う。
足を踏み出す力が、ゆっくり戻ってくる。

その光に照らされながら、また明日も、歩いていこうと思う。
ほんの少しだけ、足元が頼りなく感じる瞬間もあるけれど、
ぼちぼちでいいと、自分に言い聞かせている。

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