だんだんと陽が傾いてきた。
朝から変わらない青空なのに、空気は冷たい。
山を越えた先にいるあの人は、今日はあたたかく過ごせているだろうか。
図書館には、今日もおじいちゃんたちが席に向かっている。
知識欲や好奇心にあふれたその姿は、この歳になっても学び続ける尊さを教えてくれる。
ページをめくる音が、空気の中にゆるやかに広がっていく。
紙の匂いと、それぞれのペースで進む読書の時間。
知っていることは早くめくれ、知らないことはゆっくりになる。
その揺らぎが、なんだか人の人生みたいだと思う。
僕自身も、急がず、止まらず、ぼちぼちと進んできた。
おじいちゃんたちの姿を眺めながら、ふと、ミッキーももうおじいちゃんなんだよなと思う。
ミッキーは去年97歳になったらしい。2028年には100歳を迎える。
どれだけ歳を重ねても、ミニーを想う姿は変わらない。
その変わらなさに、僕は勇気をもらっている。
僕の気持ちも、きっとそんなふうに続いていく。
そんな場所で、気づけば100個目の言葉を書いている。
去年から積み重ねてきた時間はあっという間だったけれど、
その中には確かに、揺れたり、立ち止まったり、また歩き出したりする自分がいた。
僕はずっと想い続けてきた。
完璧じゃないし、弱さもあるけれど、
それでも前に向かう気持ちだけは、途切れずに続いている。
あの人と行く場所は、どこでもわくわくする。
あの人の声や笑顔が、景色をそっと塗り替えていく。
どんな寂れた駅でも、あの人が降りれば舞浜になる。
どんなテーマパークでも、あの人といればディズニーランドになる。
世界は、あの人の光でやわらかく変わる。
ダッフィは、ミニーがミッキーに想いを託して渡した人形らしい。
サモおも、きっと僕の想いから生まれた小さな灯りだ。
あの人を想う気持ちが、形になったもの。
今の僕は、少しの船旅の途中にいる。
大時化の日もあったし、針路を見失った日もあった。
それでも、波に揺られながら進む時間が、
いつの間にか自分を整えてくれていた気がする。
湖のミシガン、海のさんふらわあ、サンタマリア
二人で眺めた停泊場所。
船に乗ったわけじゃないけれど、
あのとき風の匂いや波の音を一緒に感じた時間は、今も胸の奥に残っている。
まだ乗れていない船もたくさんあるけれど、
焦らなくていい。
その時が来たら、またぼちぼち向かえばいい。
どんな大海原でも、あの人を見失うことはない。
あの人は僕にとっての灯台だ。
大きくなくても、強くなくても、
そこに光があるだけで、心が落ち着く。
たとえ、隣の人と同じ歳を重ねても、想いは変わらない。
シワが増えても、弱さが増えても、
その揺れごと抱えながら、ぼちぼち進んでいけばいい。
僕の想いは、いつも同じ方向を指している。
何海里でも航海しよう。
感謝と想いを綴るこの航海日誌は、
これからも続いていく。


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