灯したいときに灯せる木

趣味

今日の午後、昨日言っていた蒸しパンを作った。
甘酒でほんのり甘い。胃に負担のないように砂糖は入れていない。
甘酒だけのやさしい甘さ。
カヌレのシリコン型でも意外とうまくできた。
色が少しサモおみたいだなと思った。

ふわっと立ちのぼる湯気を見ていたら、
自分の呼吸も少しだけ深くなった気がした。
そんな小さな回復の時間を、僕は過ごしていた。

あの人は今日も仕事だったのだろうか。
休めていたならいいんだけど、
もし連勤なら、きっと疲れている。
少しでも休んでほしい。
できることなら、少しでも力になりたい。
でも、負担にはなりたくない。
だから僕は、止まり木でいられればいいと思っていた。

もちろん、止まり木でも枯れ木ではいけないと思う。
あの人が羽を下ろしたくなったとき、そっと寄りかかれるような、
青々とした静かな木でありたい。

季節に左右されず、一定の温度を保つ常緑のモミの木。
冬でも葉を落とさず、
夏でも茂りすぎず、
揺れながらも折れずに立っている緑。

普段は静かに立ち、
周りに他の常緑樹があっても、無理に目立とうとしない。

ただ、あの人が「止まりたい」と思ったときには、
迷わず見つけてもらえるように、
灯したいときにだけ灯せるイルミネーションのように、
そっと光をともす準備だけはしておきたい。

その灯りは、僕の色ではなく、
あの人が好きだと思う色で。

青空のようなスカイブルー。
向日葵のような優しい黄色。

スカイブルーは、深呼吸のような安心を。
黄色は、そっと心を温める光を。
二つの灯りが並んで、
「ここにいていい」という静かな合図になればいい。

常に光り続ける必要はない。
派手に輝く必要もない。
ただ、
あの人が見たいときにだけ、
その人の好きな色で、
迷わず見つけられる灯りをともせる木でありたい。

カヌレ型の蒸しパンが、ふとモミの木みたいに見えた。
この白い蒸しパンのように、ふんわりと、未来は余白でいいと感じている。

連休の最終日。
あの人は休めたのだろうか。
聞きたいのに、聞けない。
そのたった一歩が踏み出せなくて、
心の奥がじんわり痛む。
言葉にできない想いだけが、そっと残っている。

本当は、あの人の言葉がほしいと思うときもある。
そう願う自分が、少しだけ苦しくなる。
わがままなのかもしれない。
それでも、その気持ちさえも、今はそっと胸の中にしまっておく。

揺れながらでも、
ぼちぼちでも、
今日の僕が昨日より少しだけ深く息ができているなら、
それでいい。

あの人がふっと思い出したとき、
そっと照らせる光でいられたら、
それだけで十分だ。

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