あの人から受け取った光は、体に残っていた温もりを、もう一度そっと温めてくれるような温度だった。
その光に触れてから、午後を頑張ろうとする力が、僕の中で穏やかに流れ続けている。
今日も冷たい風が吹いているけれど、あの人は暖かく過ごせているだろうか。
その心配を胸の奥にそっと置きながら、自分の心を少しずつ整えようと、部屋の掃除に手を伸ばした。
散らかった部屋が、少しずつ整っていく。
あの人のことを思い浮かべながら、深く息をひとつ吐いた。
それから、食材の買い出しに近所のスーパーへ向かった。
最近の食事は、豆腐と納豆とゆで卵が中心だ。
それはそれで悪くないけれど、術後からひと月が経つ。
あの人と外で食事をしたとき、メニュー表を開いて、自分が食べられる料理の少なさに、少し残念な気持ちになった。
そろそろ「食べられるものを増やす」という、小さな挑戦をしてみたくなった。
そんなとき、一本まるごとの秋鮭と目が合った。
切り身ではなく、一本。
切られたモノをただ受け取るだけでは成長できない。
そう思って、迷わず手に取った。
サケを捌くのは初めてだ。
アジやタイは捌いたことがあるけれど、それらよりもずっと大きい。
家に帰って流水で洗うと、ぬめりが指に触れた。
そのぬめりの成分であるムチンは、細菌から身を守り、ケガを防ぎ、水の抵抗を減らして泳ぎやすくする役割がある。
指先に残るその感触に、ほんの少しだけ胸が静かになる。
「これは生きていた命なんだ」と、洗いながらゆっくり実感した。

胸ビレ、腹ビレ、背ビレ、尻ビレを調理バサミで切り落とし、包丁で頭を落とす。
ひとつひとつの工程を、ただ丁寧に進めていく。
その丁寧さが、今の自分の“整い方”とどこか重なった。
少し身が付いた部分もあるけれど、ここは鮭フレークにしようと思う。
いつか猫を迎えたらあげられる部分かな。そんな未来をふっと思い浮かべて、心が少し和んだ。
卵の片手割りを褒めてくれた、あの人の顔が浮かんだ。
あの笑顔がまた見たい。
手先の器用さには自信がある。
もっと成長したい。
もっと胸を張れる自分になりたい。
あの人に「すごい」と言われたいという願いは、僕の中にある向上心の火種。
その火種に新しい空気を送り続けるように、今日の小さな挑戦を積み重ねていく。
無理に燃やす必要はない。
ただ、消さないこと、守り続けること。
冷たい風の日には、そっと手を添えるだけでもいい。
そうして守り抜いた小さな火は、いつかきっと、自分だけでなく、あの人の心までも温められるような優しい明るさになると思うから。
魚を捌くという行為は、ただの料理ではない。
命と向き合い、自分と向き合い、未来の自分へと繋がる小さな一歩だ。
ぼちぼちの歩幅でいい。未来は余白があっていい。
あの人から届いた光が、今の自分をそっと温めてくれている。
その光があるから、無理をせずに整えていける。
あの人の温度を思い出しながら、自分の歩幅で午後を進んでいく。

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