伊勢の空は今日も明るかった。
だけど、その明るさが不思議と胸に入ってこなくて、ただの空のように感じた。
たぶん今の自分が、あの人の光で満たされているからだ。
あの人の声の温もりが、今も胸の奥で静かに温め続けてくれている。
その温度があるからだろうか、伊勢の空の明るさはどこか背景のように見えた。
あの人よりも強い光は、伊勢にはない。
そう思えるほど、いまの自分はあの人に照らされている。
カーショップで待っていてくれた“これからの相棒”を見た瞬間、
前を向こうとして必死にもがいていた頃の自分が、
その姿をきっかけに蘇った。
初めてやり遂げた仕事。
毎日、胸を抑えながら朝早く出社して、協力会社の方に頭を下げに行き、調色のトライアンドエラーを繰り返した。
アルマイトは、温度や染料の量で仕上がりが大きく変わる。
一定の温度を保つために、アルマイト槽の部屋はサウナのように熱く、
槽の中には硫酸や硝酸が満たされていて、決して手を触れられない危険な場所だった。
5メートルのハンガーラックをそのまま沈められるほどの大きな槽で、
もし人が落ちてしまったら、ひとたまりもない。
打ち合わせのために、何度も足を運んだ。
温度も時間も合わなくて、思い通りの色にならない日が続いた。
それでも手を止めずに、少しずつ星の色を探していた。
そしてようやく繋いだ、ピンクの星線。
あの人に、やり遂げたことを伝えられた日。
車を買おうと決めた日の、あの小さな覚悟。
未来は空白でいいと思えたナンバー。
沈んだ日も、迷った日も、それでも進もうとした時間。
日常の中で積み重ねてきた、あの小さな選択たち。
そして、繋いだ星座をあの人に見てもらえたあの日。
その全部が形になって、目の前に現れた瞬間、
胸の奥がほどけて、涙が溢れた。
「落ち着いたら店内に入ってきてくださいね」
店員さんにそう声をかけられ、涙をこらえようとして空を見上げた。
さっきまで“ただの空”だったはずの景色が、
車と並んで、過去と未来をそっとつなぐ入口のように見えた。
空と車を交互に見ながら、静かに呼吸を整えた。
はなまるデイズ。
寒い冬空も、暑い夏空も、たくさんの思い出を乗せて走ってくれた。
「今までありがとう」と、サイドピラーを撫でた。
その瞬間、雲が覆っていた空の光がふっと強くなり、背中に温もりが落ちた気がした。
こちらこそ、と返してくれたのかもしれない。
新しい相棒と、今から伊勢神宮へ向かう。
未来のことはまだ決めなくていい。
ただ、今日のこの光と、この温度だけをそっと持っていく。
あの人の空は、晴れているだろうか。
そんな午前中の記録。


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