伊勢の内宮へ向かう道中、初めて運転する相棒は不思議と運転しやすかった。ハンドルの重さは、はなまるデイズと同じくらいで、手のひらに馴染む。馬力はこちらの方が強く、安定性もある。室内の広さも心に余白をつくってくれる。
「運転しやすいな」と心でつぶやいた瞬間、『はあい⭐︎』とカービィの声がふっと浮かんで、肩の力が抜けた。

河川敷を歩き、川沿いにあるうどん屋さんに入った。噛み切りやすい伊勢うどん。自分の胃に負担の少ない柔らかさだった。たまり醤油が辛そうに見えるが思っていたほどではなかった。ネギがたくさん乗っていて、ネギ抜きにすればよかったと少し後悔した。
内宮に着き、先に参拝することにした。元旦ほどの人混みではなかったけれど、ひとりで歩く道はやっぱり少し心細い。けれど、耳に残っているあの人の温度が、冬の光みたいに背中を押してくれた。前に進む勇気が、静かに湧いてきた。
参拝を終えておかげ横丁へ入ると、さまざまな料理の匂いが風に混ざって流れてきた。甘酒、コロッケ、松阪牛串、さつま揚げ、小籠包、ベビーカステラ。あの人が目を輝かせそうな食べ物がずらりと並んでいる。
両手に串を持つ姿も、甘酒の湯気に頬をゆるめる姿も、どちらも自然に思い浮かんで、胸のあたりがゆっくりほどけた。

今の自分に食べられるものはまだ少ないけれど、とうふドーナツが目に入った。やわらかい香りに誘われて、ひとつだけ買ってみた。こういう小さな挑戦が、今の自分にはちょうどいい。
別のお土産屋さんをのぞくと、おかげ犬のぬいぐるみがこちらを見ていた。可愛さに負けてキーホルダーを手に取った。入り口にはミジュマルの手拭いやサコッシュも並んでいる。和柄と並ぶと、ミジュマルの素朴さがいっそう引き立つ。

あの人と行った志摩スペイン村でも、同じグッズを見た気がする。あの頃の光景も、またいつか静かに書き留めたい。
おかげ横丁を抜け、猿田彦神社へ向かった。そのタイミングで、さっきの青ネギが胃に効いたのか、少し胃が動いた気がした。
猿田彦神社。ここへ来るのは二度目だ。
鳥居をくぐった瞬間、ふと20代の自分がよみがえった。
前々職の税理士事務所に勤めていた頃、給料の安さに悩み、出口を探していた時期だった。
あのとき、この神社に背中を押してもらい、転職先で本当に優しい人たちに出会えた。
今日ここに来たのは、その感謝を静かに伝えたかったからでもある。

あの頃よりも、今日の方が荘厳さが深く胸に響いた。本殿で挨拶をしてから絵馬を覗いたけれど、あの日の絵馬は見当たらない。きっとサモおやうさぎさんは、ここではなく本堂でそっと祈祷されるのだろう。


境内の裏にまわると、猿が2匹とヒトデのような石像があった。あの日、あの人が絵馬の星を「ヒトデみたい」と笑っていたのを思い出し、冬の空気の中に少しだけ温度が戻った。
店員さんがパワースポットだと言っていたさざれ石にも手を触れた。ちょうどその瞬間にバッテリーが切れてしまい、写真は残せなかったけれど、石の温度は確かに、静かな力を内包しているように感じた。

境内の中心には「古殿地(こでんち)」と呼ばれる、方角を刻んだ石柱がある。
近づいてみると、願いごとに合わせて触れる順番が決まっていることを知った。
仕事運は 亥 → 卯 → 未。
金運は 巳 → 酉 → 丑。
精神安定・財産は 申 → 子 → 辰。
人気・才能運は 寅 → 午 → 戌。
最初に自分の干支、次に願う運気の三方位(私の場合は 亥 → 卯 → 未)、そして最後に今年の干支。その順にそっと手を当てると、願いが叶いやすいらしい
これからこの相棒と行く先々で思うだろう。
この景色を見たら、あの人はどう笑うだろう。どんなリアクションをするだろう。
こんな味なら、あの人に食べてほしい。
そんな“いつかの if”を自然に浮かべながら伊勢の空気をすっと吸い込み、新しい相棒に乗り込んだ。まだクリーニング仕立ての匂い。明日は車内グッズを揃えに行こうか。
しばらく来られなくても、この土地で受け取った光は、きっとこれからの道のどこかでそっと息づいてくれる。
未来を決めつける必要はない。ただ、今日の自分が願った方向へ、焦らず、止まらず、ぼちぼちと、歩いていけばいい。
その歩幅の先で、またふと伊勢を思い出す日が来たら、それだけで十分だと思えた。


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