朝、大切なあの人から、柔らかくあたたかな光が届いた。
画面越しの笑顔は、昨日より少しだけ暖かくて、
冬の窓辺に差し込む陽だまりのようだった。
その明るさに、そっと寄りかかりたくなる。
胸の奥が緩み、涙がすっと落ちた。
あの人を想って笑おうとすると、
あたたかさがあふれて、また涙になる。
きっと今は、自分の温度をゆっくり上げていく途中なのだと思う。
朝の光に手をかざすみたいに、少しずつ。

朝、薬を飲む。炭酸リチウムとスルピリド錠。
どちらも自律神経に関わる薬だ。
昼前、図書館で『こんにちは 弱いロボット』という本を見つけた。
ページをめくるたび、そこに描かれていたのは技術ではなく、
人と人がどう寄り添い、どう並んで歩いていくのかという、
静かな問いのように感じられた。
弱音を吐くロボットがいる。
「今日は霧が濃いね……なんだか運転がむずかしいね……」
そんなふうに、できないことや苦手さをそっと正直に伝えてくれる存在には、
不思議と安心が宿る。弱さを見せ合える関係は、自然と距離が近づいていく。

モジモジするロボットもいる。
見た目は、あの人と僕が好きなケアロボット――ベイマックスに少し似ている。
手を差し出したり、引っ込めたり、
人が通り過ぎると、どこか残念そうにその場で待ち続ける。
その不器用さが、どこか愛おしい。
声をかけたいのに勇気が出ない、
そんな人間らしさがそっと滲んでいる。
その姿を見ていると、
いまの自分にも似た影が、静かに重なって見えた。
ポケットに入る小さなロボットもいる。
散歩のとき、ただ一緒にいるだけで気持ちがやさしくなる。
ポケットの中の小さな重みが、
「ひとりじゃない」という静かな合図になる。
視線を共有するロボットもいる。
自分が左を向くと、ロボットも同じ方向を見る。
それだけで「一緒に生活している」感覚が生まれ、
部屋の空気が少しあたたかくなる。
視線を合わせることは、心を合わせることに似ている。
こうして見ていくと、
これらのロボットは便利さよりも、
「心の居場所」をそっとつくってくれる存在なのだと気づく。
そして、思う。
大切なあの人をもっと知りたい。
自分のことも、もう少し知ってほしい。
進む道や、向く方向や、歩く歩幅が、
いつか自然と重なっていく気がするから。
ロボットとの関係を通して浮かび上がるのは、
「わたし」から「わたしたち」へと広がる視点。
誰かと並んで歩むとはどういうことか、
その意味を静かに教えてくれる。
あの人は、今あたたかく過ごせているだろうか。
顔を上げるのが少し重い週末。
ただ、あの人を想う気持ちだけが静かに揺れている。
未来は空白のままでいい。
季節が移ろうように、ぼちぼち進んでいけばいい。


コメント