川の音に隠す声

仕事

あの人からの光は、今日はまだ届かない。
クッキーは可愛くできたと思ったけれど、
心が少し揺れた。
それでも、焦らないと決めたのは自分だ。
ゆっくり、ぼちぼち、積み重ねていけばいい。
未来は、空白のままでいい。
その空白が、きっと息をつく場所になる。
今日こそは、シャワーを浴びて心と身体をあたためたい。

気持ちを整えたくて、淀川へ向かった。
琵琶湖と大阪湾を結ぶ長い旅の川。
終着駅へ続く最後の線路のように、静かに流れている。
その流れを見ていると、自分の気持ちも少しずつ落ち着いていく気がした。

相棒と川の写真を撮ろうとスマホを構えたとき、
たまたまおじいさんが凧を揚げ始めた。
助走もなく、ふわりと空へ。
長い時間が育てた技なのだろう。
停めた相棒の画角に偶然凧が入って、
思わず動画を回した。

向かい風さえ味方にして上がっていく凧を見て、
ああ、あんなふうになれたらと思う。

凧糸は、あの人にそっと預けられるくらいの自分でいたい。
そんな願いが、胸の奥で静かに浮かんだ。

川沿いには犬の散歩をする人が多くて、
冷たい風の中でも犬たちは元気に走っていた。
その姿に少し励まされながら、川の音に耳を澄ませた。
けれど、橋の上を走る車の音の方が大きくて、
静けさを求めて、もう少し先まで歩くことにした。

車道から離れて1キロほど進んだところ、
川のふちに白鷺がいた。
スマホのシャッター音に驚いたのか、
白鷺は大きく羽を広げて飛び立った。
その一瞬に、自分の身体が反応した。

ふと、あの日のことを思い出す。
すき焼き屋へ向かって歩いていたとき、
白鷺に驚いていたのはあの人で、
僕はその驚きを受け取る側だった。

でも今日は、同じ驚きを自分の中でそっと感じられた。
ただの懐古ではなく、
時間を越えて気持ちが重なっていくような、
不思議であたたかい体験だった。

あのときはまだつかみきれなかった気持ちが、
今日になってようやく「わかる」に変わった。
その小さな一致が、少し嬉しかった。

白鷺はただ飛んだだけなのに、
僕の中では、過去と今をそっとつないでくれる
小さな橋みたいな存在になっていた。
今日は、よく鳥に感謝したくなる日だと思った。

さらに歩いて、車の音が届かない場所に着いた。
そこは川の瀬で、白鷺がいた場所より流れが少し速い。

静かなふちと、勢いのある瀬。
川にも静と動があるように、
自分にもそんな時期があったことを思い出す。

働けていた頃の自分を重ねて、胸が震えた。
その小さな揺れが涙になって、気づけば頬を伝っていた。

あの人の声を思い出したくて耳に手をあてたけれど、
川の音が大きくて届かなかった。
ひとりきりの川辺で、川の音に隠すように声を出して泣いた。
しばらく泣いて、ゆっくり顔を上げた。

立ち止まる時間があってもいい。
あの人からの光でついた足の力は、
まだちゃんと自分の中に残っている。

ぼちぼち行こう。
昨日の自分も、今日の自分も、
未来へ繋がる記録として。
僕が僕であるために、焦らずゆっくり進んでいけばいい。

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