猫を超えた猫の気持ち

ライブ開演まで少し時間があったので、中之島美術館へ立ち寄った。
入口の前で猫の彫刻を撮っていると、カメラマンの方に声をかけられた。
ここへ向かう途中から、誰かを探すようにこちらを見ていたので、なんとなく視線を感じていた。
撮影をお願いされ、驚きつつも断りきれずに承諾した。

街中で撮られるのは初めてだったけれど、顔を横に向けて撮ってもらったので、思っていたほど緊張はしなかった。
美術館の特集に使われるかもしれないらしい。

特別なオーラなんて自分にはないと思うけれど、今日はあの人に会えるかもしれないという気持ちがどこかにあって、いつもより少しだけ身なりを整えてきた。
その小さな変化が、この方の目に映ったのかもしれない。

「ハーフみたいですね」と言われた。掘りが深いからよく言われるけれど、褒め言葉として受け取るのは、この歳になってもまだ苦手だ。撮影が終わったあと、軽く会釈するのが精一杯だった。変な汗をかきながら、ふと、もしあの人がそばにいたら、もっと素直に喜べたのだろうか。
そんな思いが胸をかすめた。

開催中の展示は「拡大するシュルレアリスム」現実を超えた現実。
むかしブログで「猫は現実主義」と書いたことを思い出す。現実の猫を超えた「猫」
どのような猫だろう。宇宙服の猫?『耳をすませば』に出てくる紳士服のしゃべる猫?

話は飛ぶけれど、『耳をすませば』はジブリの中でも特に好きな作品だ。夢を追うために一度離れる二人。遠くにいても互いを想い続ける姿が、どうしても胸に残る。終盤の坂道のシーン。
登り切れず、少女に背中を押してもらう少年。あの場面に、どうしても自分とあの人を重ねてしまう。少年がヴァイオリン奏者というのも、理由のひとつかもしれない。美術館に入る前、そんな気持ちを噛みしめていた。

チケットを買う前にミュージアムショップを眺めた。
太陽の塔にちなんだ岡本太郎さんの作品が並んでいて、
「壁は自分自身だ」と大きく書かれたクリアファイルと、和紙のお香を手に取った。

壁は自分自身。
どう超えるかは誰も教えてくれない。
自分で探し、自分で選んでいくしかない。

僕の原動力は、やっぱりあの人だと思う。
いま思うように動けない自分に、もどかしさを感じることもあるけれど、
それでも前に進みたいと思えるのは、あの人の存在があるからだ。

あの人の声が聴きたくなる。
壁を超えるために、そっと耳をすませてしまう。

展示室には国内外の名品が並んでいた。
ルネ・マグリット「レディメイドの花束」、ジョルジオ・デ・キリコ「福音的な静物Ⅰ」、マックス・エルンスト「偶像」この三点が一堂に会するのは珍しいらしい。

マン・レイの「不滅のオブジェ」メトロノームに“瞳”がついた作品。なぜか強く惹かれて、しばらく動けなかった。最近ヴァイオリン練習のためにメトロノームを買ったこと、あの人も音楽の経験者であること。この作品を見たら、あの人はどんな表情をしただろう。そんな想像が頭に広がった。近くにいた観光客がKinda intriguing.とつぶやいた。芸術には国境がない。その言葉が、胸の奥で静かに響いた。

オスカル・ドミンゲスの「日曜日」説明には風化した人物とあったけれど、自分には川の上流に見えた。暗い背景、太陽か月かわからない丸い光。流れる前の葉は色づき、流れていく葉は白黒になる。週末が少し暗く感じる今の自分の心に、そっと触れてくるようだった。

壁にはマックス・エルンストの言葉が印字されていた。

目を開けば外の世界を観察でき、
目を閉じれば内側の世界を見ることができる。
二つの世界をつなぎ見ることができれば、
主観と客観の統合した生活を達成できる。

主観と客観を行き来できるようになったとして、その先をどう歩けばいいのか。
いま自分の前には、頂上の見えない、長くて急な坂道が続いている。
それでも、足元にはちゃんと道があって、一歩ずつなら進める気がしている。
焦らずに、自分のペースで登っていけばいい。

最後に見たのは、サルバドール・ダリ「抽き出しのミロのヴィーナス」胸や膝に引き出しがついたヴィーナス。完成された美に、なぜ引き出しをつけたのか。いや、これがダリにとっての“完成形”だったのかもしれない。

自分にとってのヴィーナスは、あの人だ。
引き出しは、どうしても余計に思えてしまう。
あの人がもし一緒にいたら、どんなふうに語っただろう。
どの作品の前で立ち止まっただろう。
そんな未来を、想像してしまう。

ライブ前に、少しだけ心を整えることができた。
あの人への気持ち。
やっぱり僕は、あの人に会える日を大切にしたいと思っている。
未来を決めつけなくていい。ただ、今日を丁寧に積み重ねていく。
そんな午後の記録。

これから坂井さんのライブへ向かう。
胸の奥に残った「猫を超えた猫の気持ち」をそのままに、フェスティバルホールへ連れていく。

マン・レイ「不滅のオブジェ」

オスカル・ドミンゲス「日曜日」

サルバドール・ダリ「抽き出しのミロのヴィーナス」

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