カーブミラーに映る涙

仕事

6時間眠ることができた。
自然と目が覚めた朝は久しぶりだ。

あの人の「ぼちぼちいきましょう」という光。
声に出して言われたわけではないのに、
その優しさは確かに胸に落ちて、
昨晩の自分をそっと包んでくれるようだった。

部屋はしんとしている。
時計を手に取ってつけるとき、
今日を丁寧に過ごしたいと思った。
その小さな気持ちが、静かに背筋を伸ばしてくれる。

カーテンを開ける前に、ルームスプレーを吹きかける。
柑橘系の香りがふわりと広がり、
その香りに導かれるようにカーテンを開けると、
朝の光がまっすぐに差し込んできた。

光と気持ちがシンクロするとは、
きっとこういうことなんだろう。
ぼちぼちでいい。
お互いのペースで、今日を始めればいい。

晴れた空を見上げて、
今日も無理をせずにいこうと思えた。
部屋の片隅で今日を生きているアスパラガスにも水をやる。
それだけで、少しだけ今日が動き出す。


朝ごはんは、昨日のトマトを昆布からじっくり出汁をとって煮た。
ふつふつと、ゆらゆらと立ち上る湯気が朝の光に重なり、
その香りがゆっくりと部屋に広がっていく。

食べた瞬間、胃がほっと落ち着き、
心までほっこりと温まった。
料理はやっぱり研究の積み重ねだ。
今日の味は、昨日よりも自分に合っていた。


ジョギングはメンタルクリニックの待ち時間を使って走った。
少し筋肉痛で足は重かったけれど、
冷気に鼻が慣れていないツンとした感覚と、
白く立ち上る息が、
今日もちゃんと生きていると教えてくれる。

信号が今日は不思議とスムーズに青になった。
まるで走ってきなさいと背中を押されているようだった。

太陽が高くのぼるにつれて、
自分の現在地がはっきりしてくる。
働く車を見ると胸が痛む。
とくに救急車は、かつての自分の誇りの一つだったから、
その赤い光を見るだけで胸がぎゅっと締めつけられる。

ふと、あの人の朝の光景を思い出した。
その時間が、今日も静かに流れているんだろう。

坂井泉水さんの澄んだ声が、
朝日のまぶしさと驚くほどマッチして、
涙が出そうになるのをそっと支えてくれた。

立ち止まりそうな足を、
地面が下からぐいっと押し上げてくれるような感覚があった。
もう少しだけ前に進みたかった。

カーブミラーに映る自分を見たとき、
景色はゆるやかに歪んでいるのに、
涙だけはすっと、まっすぐに流れ落ちた。
今の自分の気持ちと同じように、
ただまっすぐに。


待合室に入ると、老人の方が多く、
「お昼何食べるか」「お寿司でも行こうか」
そんな会話が聞こえてきた。

そのにぎやかさは、遠くて、温かくて、少しまぶしい。
羨ましさの奥に、自分の孤独が静かに横たわっている。
他人の笑い声が胸に刺さる瞬間もあった。

気づけば涙がこぼれていて、
周りの人を驚かせてしまった。
すぐに外へ出て、深呼吸をした。


診察では、先生はいつもの落ち着いた声で話してくれた。
働くことについては、今はまだ難しいと言われ、
胸が少し沈んだ。

でも、不思議と責められている感じはなかった。
むしろ、今の自分を守ってくれているような言い方だった。

自己研鑽は続けていいと言われた。
それが小さな救いになった。

自然に触れることは、むしろ続けてほしいと言われた。
こないだ川に行ったときの、
水の音と、ふちに立っていた白鷺がふっとよみがえる。

先生の言葉が心に落ちるまで、少し時間がかかった。
診察室を出たとき、
外の空気が少しだけ軽く感じられた。


次は星を見に行きたい。
夜道の冷気と静けさの中で、
時間を気にせず、ただ空を眺めたい。

星を見ることは、
自分の心をゆっくりと回復させてくれる行為だ。

アルデバランの赤い光。
カストルとポルックスの双子の物語。
シリウスの強い白い輝き。
プロキオンの控えめな光。
リゲルの青白い冷たさ。
ベテルギウスの脈打つ赤。

冬の星座は、どれも静かな強さを持っている。
星を見上げるとき、自然と呼吸が深くなる。
夜空の下では、孤独と安らぎが同居している。


今日の記録もまた、
昨日の私と今日の私を、
未来へつなげるための一歩になる。

書くことで、心が整理され、
救われ、
今日を生きたという証明になる。

小さな前進を、自分で認めていきたい。
明日への期待ではなく、
静かな継続としての今日を。

未来の自分が、
この日の記録を読んで、
少しでも優しい気持ちになれますように。

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