働けない日々が続くことへの悔しさが、朝の空気より先に、熱を帯びていた。
焦りというより、静かに沈んでいくような感覚。
それでも時間は止まらず、今日という日が始まっていく。
少し微熱のある木曜日の朝。
曜日を書き留めておかないと、世界の輪郭がぼやけてしまう。
体温は37.2℃。
起きた直後はわずかにだるさがあったけれど、走ることだけは自分の中で決めた習慣だから、距離を抑えながらゆっくり身体を動かした。
止まらないためというより、自分を整えるための静かな儀式。雨でも風でも、その日の形で走る。それが今の自分を支えてくれていると感じられるからだ。胸を張っていられる自分でありたい――そんな気持ちも、どこかにそっと重なっている。
途中でアップルウォッチの電池が切れ、まだ余力はあったものの、朝は2キロで切り上げた。
新しいiPhoneの設定を進めながら、『オペラ座の怪人』を流していた。
劇場でスターが降りる、降りないで揉めている場面はどこか横柄に映り、半ばながら見になっていた。
けれど、コーラスのクリスティーヌの歌声が響いた瞬間、空気が変わった。
自然と目と耳がそちらへ向かっていた。
透き通る声に重なるように、歌詞が静かに胸へ落ちてくる。
一緒に見たものを思い出して
悔いは忘れて
過ぎたことは取り戻せないのだから
…
生きている限り私は想い続ける
ただ歌を聴いていただけなのに、気づけば涙がこぼれていた。
過去を戻したいわけではない。
ただ、いまの自分の中に沈んでいた感情が、音に触れて静かに揺れただけなのだと思う。
クリスティーヌと自分が、不思議と重なって見えた。
深く息をついて、気持ちを落ち着かせる。
ちょうど充電も終わったところだった。
物語はまだ序章。
先を急がず、胸に残るクリスティーヌの歌声と言葉の余韻を抱えながら、
午後は体調を見て、もう少しだけ走ろうと思った。
そして午後、外に出た。
うっすらと陰る太陽の下、朝に記録できなかった2キロと、もうひとつの5キロを静かに走り終えた。
悔しさも微熱も抱えたまま、それでも前へ進むための7キロだった。
――そんな一日の途中。そんな午後の一幕。




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