取り戻すための歌

仕事

熱は37.6℃。
今日は大事を取って、夕方まで横になっていた。
身体が少し重く、思うようには動けなかった。
働けなかった自分を責める気持ちもあったけれど、
いまは無理をしないほうがいいと、どこかで静かに理解している。

横になっているうちに、仕事場の夢を見た。
工場にはタバコを吸う人が多くて、
気を遣う場面ばかりだった頃の空気が、そのまま夢に出てきた。
怒らせたら面倒な人、距離の取り方が難しい人。
社長や役員も含めて喫煙者に囲まれていたあの空気感が、
夢の中では少し誇張されて、煙に包まれるように感じた。

自分が望んでこうなったわけではない。
適応障害という言葉を、先生のスライドで何度も見返す。
身体のストレス、心の疲れ、眠れない夜。
涙が出る日もある。
それらは怠けではなく、長く続いた負荷に対する自然な反応だと、
頭では理解しているつもりだ。

去年の9月から続いているこの感覚と向き合いながら、
それでも時間は静かに前へ進んでいく。
戻らないものがあるからこそ胸が熱くなる瞬間がある。
過ぎたことを変えることはできない。
その事実に触れたとき、ふっと涙がこぼれることがある。

それでも、少しずつ前を向こうとしている。
薬を飲みながらでも、自分自身を取り戻すために。
焦らず、急がず、いまの自分のペースで進んでいきたい。

『オペラ座の怪人』の話を思い出した。
あれからまだ続きを見られていない。
クリスティーヌの歌に触れたとき、胸の奥が静かに揺れた。
少しだけ心の準備が必要だと感じた。

ラウル、そして仮面の男。
物語の続きをどんな気持ちで受け止めるのだろう。
気になるけれど、気持ちが整ったときにゆっくり向き合いたい。
一人で見るには、少し心の余裕がいる作品なのかもしれない。

深夜、もしふと目が覚めて、心が静かだったら、
続きを開いてみようと思う。
無理のない範囲で、静かに。

こうして日々のことを綴っていると、
自分の“現在地”が少しずつ見えてくる。
体調の揺れ、眠りの深さ、食事の工夫、図書館での小さな気づき。
どれも大きな出来事ではないけれど、
積み重ねていくと、自分がどこに立っているのかが分かる。

そして、ふとした瞬間にあの人を思い出すことがある。
強く求めるわけでも、期待を押しつけるわけでもなく、
ただ静かに浮かんでくるだけだ。
その感覚は、いまの自分にとって温かい余白のようなものになっている。

未来を急ぐつもりはない。
“いつか”という柔らかい言葉のままでいい。
その時が来たら、自然に分かるものだと思っている。

いまは、自分の回復の歩みを大切にしながら、
今日という一日を静かに積み重ねていきたい。
揺れながらでも、自分のリズムで歩いていけたらと思う。

今日も一日、おつかれさまでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました