京を共と今日へ

思い出

今日は京都マラソン。
本当なら、僕もあの場所に立っていたはずだった。
走り切るためにウォーミングアップをして、体温を高め、気持ちを整え、
前職の仲間たちがいれば、「頑張りましょう」と声を掛け合いながら、
同じスタートラインに並び、胸の奥に火を灯して走り出す――そのはずだった。

けれど今年の僕は、その列の中にはいない。
テレビ越しに映るランナーたちを見ながら、
あの場所の空気を知っている自分だけが感じる痛みが、胸の奥で強くうずく。

大好きな京都。
大好きな職場。
大好きな仲間たち。
みんなみんな、大好きだった。
だからこそ、今日という日は胸に刺さる。
悔しい。ただただ、悔しい。

その悔しさを抱えたまま、この一週間を過ごした。
今日を走れなかった悔しさと、心が壊れてしまった情けなさが重なって、
胸の奥がずっと重かった。
あのスタートラインに立てなかった自分を、どう受け止めればいいのか分からなかった。

それでも、僕は走った。
この一週間、あえて坂の多いルートばかりを選んだ。
なるべく自分に負荷をかけたかった。
身体に、そして心に、もう一度“走る感覚”を思い出させたかった。

胸ポケットにはラッコの反射板。
今日、あのキャラクターは応援に来ていたのだろうか。
もし来ていたなら、ハイタッチしたかった。
去年は応援する側だった。今年は走りますと宣言していたのに。
知っている人がいたかもしれない。
その人たちに背中を押してほしかった。
ほんの少しでいいから、「大丈夫だよ、頑張れ」と言ってほしかった。

そんな思いを抱えたまま走った、今朝の5キロ。
泣きながら走った。
今日の5キロを、僕はきっと一生忘れない。

ヘッドホンのバッテリーは切れていた。
音もなく、ただ前に進むだけの時間だった。
音楽なしで走った5キロは、ある意味でちょうどよかったのかもしれない。

「負けないで」
今日はその言葉を聴く気力がなかったから。
坂井さんの澄んだ声でさえ、今の僕には少し強すぎた。
今の心は、少しの熱でヒビが入るほど薄いガラスみたいだ。

録画した西京極陸上競技場を見る。
みんなキラキラしている。
あの場所に立ちたかった。
スタートの緊張、沿道の声援、冬の空気を切り裂く足音。
そのすべてを、今年自分の肌で感じたかった。

フィニッシュしたランナーに配られるタオルには「京を走る」と書かれていた。
“今日を走る”とも、“共を走る”とも読めた。
その言葉が胸に刺さった。
僕は今日を走れただろうか。
誰かと共に走れただろうか。
そんな問いが、静かに心の中に落ちていく。

走りたかった。
本当に悔しい。
悔しくて、悔しくて、悔しくて――
でも、悔やんでも仕方ない。
前を向くしかないんだ。

勝ち負けじゃないことはわかっている。
気持ちだって負けていない。
僕は僕の信じた道を、ぼちぼちのペースで進んでいくしかない。
今日の5キロは、その一歩目だと信じたい。

悔しさも、願いも、まだ言葉にならない想いも、
全部抱えたままでいい。
それでも前へ進もうとするその一歩が、
きっといつか、今日の痛みをそっと包み込んでくれる。

ぼちぼちでいい。
焦らなくていい。
僕はまた、ここから進んでいく。生きていきたいから。

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