オペラ座のレゾナンス

思い出

オペラ座の怪人を視聴した。これで三度目の鑑賞になる。
白黒とカラーの演出について、今回ようやく自分の中で輪郭が結ばれた気がした。

白黒で描かれる現在は、
愛の象徴だったクリスティーヌを失った世界。
ラウルにとっても、ファントムにとっても、
愛の色が抜け落ちた時間だ。

一方、カラーで描かれた過去は、
彼らが愛に触れ、情熱に満ちていた瞬間の象徴だ。
その温度差こそが、物語の奥行きを際立たせていたのだと感じた。

そしてラストシーン。三度目の鑑賞で、初めて気づけたことがある。
エンドロールへ向かう直前、墓前の薔薇と指輪が
一瞬だけ色を取り戻していた。

薔薇は、ファントムがクリスティーヌへ向けた愛の形だったのだろう。だからこそ、ラストで色を取り戻した薔薇は、
ラウルの心に一瞬だけ過去の温度が戻ったことを示しているように思えた。

そして、愛していたクリスティーヌへ渡したはずの指輪。
ファントムはそれを、長い時間を越えてなお大切にしていた。
大切な人から託されたものを大切にする気持ちは、痛いほどわかる。
触れるたびに、その人の温度や言葉がそっと蘇るからだ。
だからこそ、今も静かに、大切に残している。

ラウルはその指輪を見て、
ファントムの中に消えなかった愛を見たのかもしれない。
その瞬間、胸の奥で何かが揺れたのだろう。
クリスティーヌのいない世界で、
愛の残響だけが響き続ける。
その中に取り残されたラウルの姿が、どこか切なく映った。


一方で、三度目の鑑賞では、物語に登場する他の人物にも目が向いた。
とくに支配人たちの存在が、あらためて印象に残った。

彼らは、オペラ座という会社を回す現実の側に立っている。
公演の成功、資金繰り、スポンサー、トラブル対応。
華やかな舞台の裏で、日々の判断と責任を背負い続けているのだ。

その立場にいるからこそ、
ファントムの存在は恐怖というより、理解しがたい現実として映る。
なぜ勝手に演出に口を出すのか。
なぜ手紙で指示してくるのか。
彼らの戸惑いは、観客の戸惑いそのものだ。

言うなれば、ファントムは支配人たちにとって、
オペラ座の会長であり、指南役であり、相談役であり、参事。
時に避けて通れない上位の存在のようにも見える。

彼らの立ち回りを見ていると、
組織を動かすということは、
正しさだけではなく、
現実の中で最善を選び続けることなのだと感じる。
自分もいずれ経営者として歩む身として、
その姿勢には学ぶところが多い。

愛と現実の温度差。
その対比が、この物語に独特のユーモアと深みを与えている。
支配人たちがいることで、
この作品は地に足のついた世界として成立しているのだと感じた。

そんな三度目の感想。

昨日、大切なあの人と、少しだけ話ができた。
あの人の声は、本当に心をほぐしてくれる。
固まっていた体と心が、ふわりと空に浮かぶような感覚になる。

オペラ座の怪人の劇団四季・福岡公演のこと。
そして、オペラ座のファントムのように、
僕たちの状況がどこか似ているという話もした。

僕自身がどうしたいのか。
その想いも、言葉にして伝えた。
あの人と話すと、目標が生まれる。
こうありたいという輪郭が、確かに浮かび上がる。
歩いていこう。生きていこうと思える。

だけれど、ファントムのように、
あの人の好きなものを見守りたいという想いは本物だ。
それは、僕の中で揺るぎない本心でもある。

あの人も、まだ進むことに戸惑いがあるようだった。
気づけば、お互いに泣いていた。
あの人を泣かせてしまった。
それは、僕がこんなふうに揺れているからかもしれない。

それでも
どうにか、あの人が安心できる場所をつくりたい。
その気持ちだけは、ずっと変わらない。

今は、ここまでの言葉にするのが精一杯だけれど、
いつかの未来。
その未来にある光に向かって、
ぼちぼち、焦らず、止まらず、歩いていきたい。

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