あの人からの光は、まだ届かない。
だけど、あの人はあの人の舞台で、今日も懸命に生きている。
その時間がどうか穏やかでありますようにと、
静かに願っている。
改めて、ファントムのことを思い出す。
あの人が愛した世界を、少し離れた場所から見守る存在。
まるで”太陽と月”のように、互いの光がそっと響き合う関係。
その在り方に、今の自分が学ぶべきものがあるように感じている。
近づきすぎず、離れすぎず、ただ相手の幸福を願うという静かな強さ。
その距離の美しさに、どこか救われている。
あの人も、まだ前に進むことに戸惑いがあるようだった。
言葉にならない揺れを抱えたまま、どうにか立っている。
その姿を思い浮かべているうちに、僕自身の揺れも隠しきれなくなり、
気づけば電話の向こうで、ふたりとも涙がこぼれていた。
実は今、半分、実家で暮らしている。30代後半の男性が。
昨晩、実家のガレージで話していたら、役員が仕事から帰ってきた。
仕事ができず、適応障害で立ち止まっている自分の姿を
見られるのが急に後ろめたくなって、
思わず電話を切ろうとしてしまった。
あの人の涙を役員に聞かれそうになったことも重なって、
弱い自分が、少し顔を出した。
涙が心配になったし、泣かせてしまったことが辛くもなった。
泣かせてしまったのは、僕の未熟さかもしれない。
けれど、その涙の奥にある迷いや疲れを否定するつもりはない。
泣きたい時は泣いたっていい。
あの人がそう言ってくれたように、僕も同じ気持ちでいる。
揺れていてもいいし、止まっていてもいい。
そのままで大丈夫だと、静かに伝えられる人でありたい。
だからこそ、僕はファントムのように強くなりたいと思った。
誰かを導く強さではなく、押さずにそばにいる強さ。
未来を急がず、距離を詰めすぎず、あの人のペースをそのまま尊重できる強さだ。
走れなかったマラソンの悔しさは、まだ胸に深く残っている。
けれど、立ち止まった時間の中で見えるものもある。
だから僕は、走ることをやめない。
今日から、腕立て伏せも毎日の習慣に戻すことにした。
前職の病院で働いていた頃、出勤前に院内の公園で腕立て伏せをしていた。
雨の日は、ビルの休憩室で。
BTSのDynamiteを流しながら、静かに気持ちを整えていたあの時間。
あの頃の自分を思い出しながら、今日からは毎日100回。
ファントムのような強い心と体を手に入れるための、小さな積み重ねだ。
色を塗ったイーブイ。
抹茶色の、少し変わった色違いのイーブイ。
可能性はひとつじゃない。
誰だって、何にだってなれる。
その姿を見ていると、今の自分の心がゆっくり整っていくのを感じた。
僕自身も、まだ回復の途中にいる。
ランニング、腕立て伏せ。
そうした日々の積み重ねが大事だと、あらためて思う。
焦らず、急がず、今日を丁寧に過ごしていきたい。
未来のことは語りすぎない。
いつか、もし、くらいの柔らかさでいい。
その方が、お互いにとって自然だと思う。
そんなことを考えながら過ごした、
静かで、少しだけ前向きな午前中の記録。




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