足元を照らす月明かり

勉強

雲ひとつない春の陽気。空は驚くほど高く、心は羽が生えたように軽かった。あの人の魔法の言葉のおかげで、心がほぐれたから。

マットでストレッチをしながら、少しずつ、次は体を解きほぐしていく。

「徐々にでいい」
そう自分に言い聞かせながら、ひとつひとつ丁寧に。

ふと、今日できたことを数えてみた。トイレに行けた。ジムへ行き、背筋を重点的に鍛えた。柔軟もした。薬を飲めた。シャワーを浴びられた。資格の勉強も、韓国語のリスニングも続けられた。

書き出してみれば、こんなにもたくさんの「できた」があった。世間から見れば当たり前のことかもしれない。けれど、今の僕はそれに対して、もう負い目を感じることはない。

心を病んでいても。お酒が飲めない体でも。働けていない現状でも。僕は僕に、負い目を感じなくていい。だって、今日これだけの「できた」を積み重ねられたのだから。

自分に、はなまるをあげよう。花びらがいっぱいの、大きな、大きなはなまるを。

こうして自分を立て直すことができたのは、大切なあの人のおかげだ。大切なあの人の存在が、僕の心をあったかな気持ちで満たしてくれる。

日が落ちていくのを見つめていると、少しだけ寂しさが胸をかすめた。けれど、この夕陽をあの人も同じ気持ちで見ているだろうか……なんて、昨日、共有できた陽だまりのような時間を思い出し、心がまた温かくなる。

太陽が沈みきる前、空にはうっすらと月が現れていた。満月までは、まだもう少し。次の満月は3月3日。満ちる直前の、不思議な力が溢れる月を眺めながら、今の自分を映すように読書を始める。

手元にあるのは、『月と暮らす』。そのなかの「月と文学」の章に、清少納言『枕草子』の一節があった。

月は、ありあけ、東の山の端にはほそうていづるほどあわれなり

夜明け前の東の空に、細く残る有明の月。『源氏物語』の紫式部が満々と満ちる月を好んだのに対し、清少納言は新月直前の、消え入りそうなほど細い月を愛でたという。

ふと、東の空を見る。
か細くても、静かな光で世界を照らすその優しさ。
それは今の自分のように、小さくて弱い光かもしれないけれど。
それでも、ひとつひとつ丁寧に積み重ねていけば、足元を照らすくらいの光にはなれるかもしれない。

未来は、まだ空白でいい。ただ、ひとつひとつ。

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