片方の視界と一番星

読書

窓の外には、薄い雲がヴェールのように広がっている。
眩しすぎる光を遮ってくれる今日の空は、左目に軽傷を負い、眼帯をして過ごしている僕にとって、少しだけ優しい。

視界が半分になることで、皮肉にも、いつもは見過ごしていた小さな心の揺れに、じっと耳を澄ませるような一日となった。

今は、職場復帰に向けて心身を整える日々である。
焦りがないと言えば嘘になる。

だが、そんなときはあの人のアドバイスを思い出す。
ゆっくり深呼吸して。

その言葉をなぞるように、深く、静かに息を吸い込み、吐き出す。
焦燥感に急かされそうになる自分を、呼吸のたびに手繰り寄せ、今の自分にできることを一つずつ積み重ねる。

無理に歩みを早めるのではなく、ぼちぼちと、今はただ、明日を戦うための強化の時期なのだと自分に言い聞かせ、近くの公園を少しだけ散歩した。

公園の木々の隙間から漏れる柔らかな光を感じながら、大切なあの人は今、リフレッシュできているだろうかと、穏やかな時間を願う想いが胸に満ちていく。


そんな孤独な思考の傍らに、一冊の本を置いた。
『星と暮らす365日』

3月のページをめくると、そこには星たちの世代交代が描かれていた。
冬を彩ったオリオン座や冬の大三角が西へと沈んでいき、東からは春の星座たちが確実に台頭してくる。

空の主役は変わっても、その背景にある宇宙の法則は決して揺るがない。
星々は一日に一度、一年に一度、変わらぬ軌跡を描き続ける。


本の中で特に心を掴まれたのは、著者の推しの星座である、かんむり座にまつわるエピソードだ。

雨上がりの夜、ふと雲が開いた一瞬の隙間。
まるで額装された絵画のように現れた、半円形の星の並び。

その一瞬の邂逅が、どれほど人の心を救い、永遠に近い記憶として刻まれるか。


推しという言葉が、僕とあの人との間で特別な響きを持つようになってから、もう随分と時間が経つ。

アニメ『推しの子』を共に語り、物語の熱量に触れてきた日々は、昨日今日で出来上がったものではない。

互いの想いを重ねる中で、ゆっくりと、しかし確かな重みを持って定着していった大切な共通言語だ。


作品の中で描かれる、ステージの上で放たれる圧倒的な光。
それはどこか、何光年も先の暗闇から届く星の瞬きに似ている。

作品の中で、僕は有馬かなという少女が、一番好きだ。

あの子は、いつだって不器用で、自信を失いかけて、それでも最後には泥臭くステージに立ち続ける。
かつて天才子役と呼ばれた全盛期の影に怯えながらも、今の自分を直視し、光を掴もうともがく。


特に、彼女が初めてのライブで、あんたの推しの子になってやると宣言し、アクアの心を真っ向から動かしたあのシーンは、今の僕に、今だからこそ、痛いほど響く。

たとえ今は、眼帯の下で片方の瞳を閉じていたとしても。
たとえ今は、療養という静止した時間の中にいたとしても。

僕にとっての一番星であるあの人の心の中で、僕はいつか、あの子のように強い輝きを放てる存在になりたいと願う。


今夜、空を覆う薄い雲は、僕の視界を狭め、星たちを隠してしまう。
けれど、本が教えてくれるように、雲の向こう側では何光年も先の星たちが必死に命を燃やし、変わらぬ位置で瞬いている。

目に見えないからといって、そこにないわけではないのだ。


この見えない時間こそが、想いを研ぎ澄ませ、心身を強化してくれるのだと信じたい。
有馬かなが、スポットライトを浴びるその一瞬のために、裏で血の滲むような努力を積み重ねてきたように。


公園のベンチで空を見上げた時、雲の隙間から一筋の光が差し込んだ。
僕は再び、ゆっくりと深呼吸をする。

それは、著者がかつて見た雲窓のようでもあり、アニメのステージを照らすスポットライトのようでもあった。

あ、見えた、という小さな、けれど確かな喜びを、いつか真っ先にあの人に伝えたいと思う。


今日の切なさは、決して後ろ向きなものではない。
いつか再び訪れる晴れの日への、静かな助走期間だ。

眼帯の下の瞳が、再び両の目でしっかりと世界とあの人を捉えるその日まで。
僕は、あの人のアドバイスを胸に、一歩ずつ、明日への歩みを進めていくつもりだ。

あの人の明日も、どうか星降る夜のように、穏やかで光に満ちたものでありますように。

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