雨が降っていた。けれど、どうしても外に出たくなった。
行き先は宮津。あの「天翔ける龍」と呼ばれる天橋立を見るために、僕は車を走らせた。
京都縦貫道を抜け、2時間弱のドライブ。途中のパーキングエリアで、見知らぬおばあさんに声をかけられた。
「綺麗な色の車やねえ。ハンドルもピンク。いやあ、いいですねえ」
不意の言葉に少し照れ臭くなった。相棒であるこの車も、たぶん照れていたと思う。
乗っている自分が言うのもなんだが、本当に綺麗な色なのだ。
これから長く時間を共にするのだと改めて思い、僕はそっとボンネットを撫でた。

目的地に着き、まずは天橋立の玄関口にある「智恩寺」へ参った。
平日の雨の日だというのに、境内には多くの観光客がいる。
雨に湿った松のいい香りが辺りに漂っていた。
この匂いを嗅ぐと、無性にヴァイオリンを弾きたくなる。
かつて触れた松脂の感触が、懐かしく蘇る。
智恩寺は有名な観光寺院だが、拝観料を必要としない。
そのせいか、観光地としての顔の裏側に「町のお寺」としての素朴な気配が息づいている。
参拝を終えると、二匹の大きな犬を連れた地元の人とすれ違った。
白と黒のシェパード。その対照的で凛々しい姿を見た瞬間、僕は思わず指先で「掌印」を結びたくなった。


まるで『呪術廻戦』に登場する伏黒恵の式神、
「玉犬(ぎょくけん)」のモデルそのもののような犬たちだったから。
「写真を撮らせてもらってもいいですか?」
気づけばそう尋ねていた。飼い主さんは快く頷いてくれた。
聞けば、ここは毎日の散歩コースなのだという。
観光地でありながら、地元の日常がすぐ隣にある。
大型犬であるシェパードが、この歴史ある境内の風景にあまりにも自然に溶け込んでいる。
松並木を駆けるあの「玉犬」たちの姿も見てみたかったと思いながら、僕は寺をあとにした。
雨に濡れる松並木をぼんやりと眺めながら、名物の「智恵の餅」を食べていた。
周囲の賑わいから切り離されたような、しんとした寂しさが胸の奥に澱のように溜まっていく。

一人で歩く雨の日は、時折、自分がどこにも繋がっていないような心細さに襲われることがある。
そんなとき、手元のスマホ画面に目を落とすと、大切なあの人から光が届いていた。
「いってらっしゃい」そう言ってくれているような、ふんわりとした温かな光。
その感覚に背中を押され、僕は対岸の展望台まで足を伸ばすことに決めた。
車で20分ほど移動し、ケーブルカーで山の上へと登る。
頂上に着く頃には、あんなに降り続いていた雨が上がり、雲の間から光が差し込んできた。
天橋立を訪れるのは、小学生の時に親に連れてきてもらって以来、人生で二度目だ。
当時は「何もない場所」という記憶しかなかったが、この歳になると風景の感じ方がまるで違う。
「来てよかった……」
自然と声が漏れるほど、その景色に見入っていた。

雲が晴れ、海を割って伸びる松並木が、巨大な龍となって空へ昇っていく。
その「天翔ける龍」の姿は、息を呑むほどに美しかった。
雨の日に思い立ってハンドルを握り、ここまで来て本当によかった。
濡れた石畳、松の香り、そして不意に差し込んだ光。
そのすべてが、今の僕には必要な時間だったのだと思う。
風景の感じ方が変わったのは、僕自身が少しずつ、時間を重ねてきたからなのだろう。
天と地を繋ぐ一本の道。あの松並木のように、僕の歩む道もまた、焦らず、急がず。
明日からも、ぼちぼちと、ただひとつひとつを丁寧に。






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