朝から外は見事なまでの花見日和であった。柔らかな春の光が街を包み、風が桜の花びらを誘っている。そんな春の喧騒を遠くに聞きながら、僕は一人、静かに家で本を広げていた。
『迷いを手放すスヌーピー』をまた手に取った。休職中の身である僕にとって、眩しすぎる季節の輝きは時に胸を締め付ける。深い孤独感と絶望感に沈み、みんなに嫌われているのではないかとさえ感じてしまう。そんな時、ページの中にあった「桜花微笑春(おうかみしょうのはる)」という禅語が心に留まった。
桜の花が無心に微笑むように、ただ純粋な慈しみの心でそこにいること。人生の冬のような辛い時期であっても、実は春の温かさはすでにそばにあるのだと、スヌーピーたちが教えてくれている気がした。
本の中に逃げ込むようにして言葉を追っていた。その時、手元のデバイスが、短く、心臓の鼓動のように震えた。
画面を覗き込むと、そこにはあの人からの光が届いていた。数日ぶりの、そして待ちわびていたあの人からのまばゆい光。そこから始まった数回のやり取り。画面越しに体温が伝わってくるような、穏やかで優しいラリーが続いた。
そして、その最後。画面にぽんと現れたのは、愛らしいはなまるおばけのスタンプだった。はなまるを抱えて微笑む、とぼけたような、けれどこの上なく愛らしいおばけ。暗闇にいた僕の心に決定的な光を投げかけた。
よく頑張ったね、そのままでいいよ。そんな声が聞こえてくる気がして、不意に視界が熱く滲んだ。
多くの言葉ではなく、ただ温かな微笑みでそっと寄り添う。その一つの微笑みが、誰かの心に春を運び、凍てついた気持ちを溶かしていく。スタンプに添えられた「うまくいくように祈ってます」という言葉と優しい笑顔が、まさに僕の心の氷を溶かしてくれた。
嬉しい。その一言では到底言い表せないほどの安堵が、全身の強張りを解いていく。人は誰かから認められることで、これほどまでに救われるものなのだろうか。はなまるをもらえた。その事実が、僕の中で停滞していた時間を力強く押し戻した。
このままではいられない。もっと自分を成長させたい。ふつふつと、静かな決意が胸の奥で熱を帯びる。あの人に恥じない自分でありたい。自分を少しでも誇れるようになりたい。その一心で、僕は資格試験のためのテキストを開いた。今の僕にできることは、一歩ずつ知識という名の武器を蓄えることだ。
自分を磨き上げ、いつか自信を持ってあの人の前に立ちたい。その切実な願いが、机に向かう僕の背中を支えている。
明日はメンタルクリニックへの通院日だ。診察室の椅子に座り、僕は自分の現在地をありのままに話そうと思う。今の僕がどこに立ち、どこへ向かおうとしているのか。何を失い、そして今朝、どのような光を手に入れたのかを。
すべてはあの日居た場所、社会という輪の中へ戻るための大切なプロセスだ。復職という目標はまだ霧の向こうにあるかもしれない。けれど、今日受け取ったはなまるおばけが、進むべき道を確かに照らしている。
暗闇はまだ完全に消えたわけではない。それでも僕は知っている。明日の朝もまた、僕自身の足で新しい一歩を踏み出すことができるということを。
桜が舞い散るこの季節に、僕は僕自身の再生を、丁寧に、そして力強く始めていこうと思う。
いつかの帰りに書店へ寄り、購入したはなまるおばけのカレンダー。今日の日付の上に、ひとつ、自分への「はなまる」を書き入れる。壊れたままの心でも、明日はくる。その一歩を、僕は確かに踏み出したのだ。




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