イヴの週末

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こんな気持ちで書くつもりはなかった。でも、少しでも外に出さないと、言葉にならない苦しさが喉の奥で詰まって、胸が締めつけられていく。この感情だけは否定してはいけない気がする。押し込めたところで消えるわけじゃない。むしろ根雪のように積もっていくだけだから。

イヴの週末が近づくたびに、心が沈んでいく。
今までも週末は落ち込むことが多かったけれど、この週末は今までの比ではないくらい深く沈んでいる。胸を細い針で刺されるような痛みが続き、腹圧をかけると胃が軋むのに、どうしても前屈みになってしまう。外の灯りがやけに温かく見えるのに、自分の心だけが取り残されているような気がする。

あの人がこの週末を、そして今年のイヴを誰と過ごすのか。
考えたくないのに思い浮かんでしまい、胸が強く締めつけられる。
笑顔や声を思い出すほど、その隣に自分がいない現実が痛む。

それでも、こうして気持ちを書き留めていると、少しずつ呼吸が整っていく。
あの人が誰と過ごしていても、その時間はあの人のもの。
そして今の自分の時間も、自分自身のものだと思える。

だから、イヴの週末に落ち込むのは弱さじゃない。
それだけ大切に思った人だという証で、忘れようとして忘れられるような関係ではなかった。
痛むのは自然なことだ。

ただ、夜が深くなると、弱い部分がどうしても顔を出す。
あの人が誰かと過ごしているかもしれないという根拠のない想像が、心を沈めていく。

あの人にプレゼントを贈った。
病に前向きになれたことへの、ささやかな感謝の気持ちだ。
受け取ってもらえなくても、それでいい。
あの時に救われた気持ちも、伝えたかった想いも、全部本物だから。

ただ、LINEを開くのはまだ怖い。
既読がついていても、ついていなくても、どちらにしても心が揺れるのが分かっている。

だから今は、焦らず待つと決めた。
相手の時間を尊重することも、自分を守ることも、どちらも大切にしたい。

イヴが特別だなんて、誰が決めたんだろう。
あの人と過ごした時間は、どの日だって特別だった。
何気ない会話も、ふとした笑顔も、帰り道の沈黙さえも、僕にとっては全部、記念日のように大切だった。
だからこそ、今日のこの痛みも嘘じゃない。

街のイルミネーションはきっと綺麗だろう。
ツリーだって、見上げるほどのモミの木に飾りが灯るのは、この季節だけだろう。
あの人がその光の下にいるのかと思うと胸が縮む。
でも、見たくなったらまた作ればいい。

桜芽吹く春も、向日葵が空を追いかける夏も、金木犀香る秋も、
季節なんて関係なく、見たいタイミングで光を灯せばいい。

今年見れなくても、季節は巡る。
巡り続ける限り、また自分の手で光をつくれる日が来る。

数ヶ月前の自分なら、このまま暗い気持ちでブログを終わらせていただろう。
だけど、今はもう振り出しじゃない。
歩幅は小さくても、確かに前へ進んでいる。
ここで始めようと誓ったことを、ひとつずつ積み重ねていく。

輝けば、きっとまたいつか。

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