湯気の向こう側

思い出

ほとんど眠れなかった。
理由はわかっている。クリスマスの夜だったからだ。
街のどこかで流れる音楽や、遠くのイルミネーションの光が、
自然と大切なあの人を思い出させた。

今はお互いが必要としている温度で、そっと繋がっていればいい。
それでも、体調はどうだろうか。元気でいるだろうかと気持ちが落ち着かず、
眠りの入口に手が届かないまま時間だけが過ぎていった。

そんな夜は、読書に限る。
ページをめくる音に意識を預けていると、
少しずつ心が静かになっていく。

最近、職場からの帰り道に新しいラーメン屋ができた。
毎日、駐車場はいっぱいで、人気店らしい。
いわゆる家系ラーメンだが、まだ行ったことがない。
今の自分が躊躇なく食べられる日は、まだまだ先になりそうだ。

ラーメンといえば、大切なあの人ともよく食べに行った。
あっさり系の日もあれば、こってり系に挑戦した日もあった。
麺をすする音、スープを飲んだときの表情、
湯気の向こうで少し照れたように笑う横顔。
そのひとつひとつが、今でも静かな余韻として残っている。

初めて一緒に入った店は、今思えばかなり濃厚なスープの店だった。
当時の自分には少し重かったはずなのに、
なぜかあの時間だけは、すべてが心地よかった。
並ぶ列で、あの人は少し緊張していたように見えた。
その姿を見て、守ってあげたいと思った。
ふと気になって調べてみると、その店は今も営業しているらしい。
思い出の場所が変わらずそこにあると知って、どこか安心した。

そんな思いもあり、自分でも食べられるラーメンはないだろうかと
『「至極」のラーメンを科学する』という本を借りてみた。
ラーメンの起源から、うま味の技術、昆虫食まで幅広く書かれていて、
その中でも特に心をつかまれたのが、
気圧の変化とラーメンのスープの味の関係だった。

多くの店では、香りを飛ばさないために
90℃前後で長時間ダシを取るという。
気圧が低いと沸点が下がり、スープが沸騰しにくく一定の温度を保ちやすい。
その結果、雑味が出にくく味が安定する。
そんな説が紹介されていた。
もちろん、雨の日の気圧変化で劇的に味が変わるわけではない。
それでも、低気圧ではスープが濃くなる説や、
味覚が鈍るため濃い味を美味しく感じるという説もある。
科学と感覚が交差する曖昧さが、なんとも面白い。

雨の日に列に並ぶのは気が進まない。
それでも、いつか自分が食べられるラーメン屋を見つけたら、
晴れの日と雨の日でスープの味を比べてみたい。
気圧の変化はスープだけでなく、自分の体にも影響する。
気持ちが沈む日もあれば、呼吸が少し乱れやすい日もある。
それでも、こうして小さな興味を拾いながら、
昨日の私も今日の私も、未来へ繋げていけたらと思う。

ツリーが見たくなったら、いつでも光を灯せばいい。
光源は、僕の心の中にある。

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